第5話 王家の子供
ブルーメ嬢とヘレーネ嬢とお別れして、フリースペースでネーベルたちを待っている間、イジーが何か言いたそうな目を向けてくる。
「どうしたの?」
「兄上、ブルーメ嬢の話を信じてるんですか?」
「変な声が聞こえたって話のことかな?」
「はい」
頷くイジーに、まぁそうだろうなと思う。
通常なら、ブルーメ嬢の話は信じられないよね。夢物語のような、それこそ娯楽小説にありがちな出来事だもの。
でも僕はそうとは言ってられない。
僕自身が、あの女神の干渉を受けていたと思うし、『悪役令嬢』に位置付けられていたオティーリエもそうだ。そこに『ヒロイン』のブルーメ嬢までも、同じように女神の声を聴いて、洗脳されていたのだ。
この一連の出来事は、夢物語でもなければ、偶然の出来事でもない。明らかに『女神』と言う存在があることを示している。
「あのね、イジー」
「はい」
「似たようなことが僕らの身近にあったと思わない?」
「似たようなこと、ですか?」
「うん。僕に対しての国王陛下の態度。どう思う?」
僕がそう言うと、イジーが動揺を見せる。
「父上、ですか?」
「アレ、おかしいよね」
僕の発言に、イジーは珍しく困惑の感情が表情に出ていた。
「兄上、一応、我が国の代表ですので……」
その言い方はないだろうって? わかってるんだけどさぁ。
「そうだけど、国の頭とか、そういうの抜きにして、個人として」
「でも、一応、俺たちの父親ですので」
イジーもさぁ、『一応』って言っちゃってるじゃない。
「そこはとりあえず置いといて。どうよ? 変じゃない?」
「……兄上に対して拗れているというのは同意します」
あら、やだ。イジーってば言葉選んじゃって。っていうか、僕がぶっちゃけすぎか。
「拗れてるというかさ、自分で何やってるのか理解してない感じじゃない?」
「それは……」
「母上が側妃宮にいた頃は、ものすごく母上の事を嫌っていたよね? 知ってた? 側妃選定に母上の名前出したの、あの人なんだよ?」
「……」
「側妃を召し上げること自体が嫌なら、それこそ宰相閣下や宮中大臣に『お前らが勝手に選べ』って言えばよかったと思わない? なのに、母上の名前を出したんだって。それでさ、ほらマルコシアス家って特殊な家だから、王家の人間に敬意は払うけれど、ねんごろになってずぶずぶ関係にはなりたくないってお家なんだ。これは家訓的なあれこれがある程度の距離を保ちたいってことなんだけど、娘を王家に嫁がせて王権を手に入れるっていうそういうさぁ、なんて言ったらいいんだろう、野心? 野望? まぁそんな感じのものはいらねっていうお家なんだよ」
「……全体的に」
「うん?」
「今のラーヴェ王国の貴族たちは、全体的に王家に娘を嫁がせて、王権を望むというところが少ないと思います」
「そうだね」
「王家の求心力がないから、ですか? 兄上的に言うと、王権を手に入れても旨味がない」
「う~ん、たぶんねぇ、今の高位貴族のご当主たちは頭がいいんだよ。戦争が起きたとして、もしラーヴェ王国が敗戦したとしようか? 責任取るのは王家だよね? もしここで、娘を嫁がせて王家と縁戚になってますとなっていた場合。敗戦したら連座で処刑されるよね?」
王家の周辺をまとめている高位貴族、特にハント゠エアフォルクの当主は、ヘッダをイジーの婚約者にさせたいとは望んではいない。
だからヘッダの『第二王子殿下との婚約の公表は成人してから』と言う要望に、異を唱えずに受け入れた。
ハント゠エアフォルクは、今、必死にヘッダの身代わりを探しているだろう。
「他の高位貴族もそこは分かってるんだよ。確かに今は戦争の兆しはないよ? そこは国王陛下がうまくやってるからなんだよね。そう言うところはちゃんとしてる。仕事出来るのにね? でもラーヴェ王国の様子を窺っている怪しいなぁって国は、あるでしょう?」
はっきりとは言えないけれど、王妃様の故国のことね?
「そこと戦争になった場合のリスクを考えると、今は王権を得るのは得策ではないと思っているんだよね。だから母上が側妃を降りたのに、新しい側妃が入ってこないでしょう? だって王子二人じゃ圧倒的に、不安じゃないの。僕もイジーもいつ命を落とすかわからないんだよ?」
相変わらず僕のところは暗殺者が送り込まれているからね。
「本当なら母上がお暇した後すぐに、一人どころか三人ぐらい側妃を入れろと騒ぎ立てるはずだ。なのに側妃受け入れの話が上がっていない。いくら国王陛下が、側妃はもういらないと言ったって、それは無理な話なんだよ。だって僕は王籍から出ることが確定しているし、僕の子供は継承権を持たないし、王家に嫁ぐこともできないんだもの。だからもう一人、どうしても王家の子供が必要なんだよね。そこで王妃殿下なのだけれど……。こう言ったら不敬になってしまうかな? 王妃殿下はイジー以外の子供を作る気ないんじゃないかなーって思うんだよね」
心当たりがあるのかイジーも同意の意味で頷く。
「母上はそうだと思います」
イジーから見てもそう思うのか。
世紀のロマンスと言われて結婚をした国王陛下と王妃様だけど、王妃様のことを知れば知るほどその温度差が激しい。
王妃様は国王陛下に対して、行き場がなくなった(半分は国王陛下の空気読めないプロポーズのせい)自分の居場所を用意してくれた恩があるとしか思えないんだよね。
本当にさぁ、もっと早く王妃様と母上が二人で話し合い出来ていれば、ラーヴェ王家は、土台が安定していたと思うんだよなぁ。
王妃様と母上の関係が拗れたのは、国王陛下とそのシンパの要らない妨害だったからね。
王妃様が故国から連れて来ていたお付きの侍女が暴走したのも、国王陛下陣営に感化されたせいだと思うよ?
国王陛下の元側近たちが王妃様に好意的で、二人の愛を守ろうだとか、側妃は二人の仲を引き裂く性悪だなんて吹き込んでいたら、まず王妃様を守ろうと思う者たちは過剰に反応するでしょう?
故国から王妃様と一緒にやってきた侍女なら、なおのこと王妃様を害するだろう相手には警戒する。
まぁだからって、王妃様の言葉を無視して、先ぶれや手紙を握りつぶすのは、使用人としては失格なんだけど。
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