第55話 咲いた
母上の口に避妊薬が入るように図った犯人は、ゼルプスト・フース。国王陛下の元側近。愉快なお仲間の一人だ。
側妃宮に訪れる商人に手を回し、購入している茶葉を避妊薬が含まれた茶葉にしていたのだという。
薬を飲んでいた本人である母上には、いつからどのような避妊薬を飲まされていたのかと言う、大まかな話はしているのだが、誰が犯人だったという詳しい話は一切していないし、母上も誰がそんなことをしたのかということは、聞いてこないのだという。
まぁ、母上もマルコシアス家の人間だから、詳しい話を聞かずとも、飲まされていた時期を考えれば、国王陛下と王妃様のラブロマンス推しのシンパが、犯人であることは解っているのだろう。
これは、ゼルプスト・フースの親族であったヒルトには、聞かせられない話だな。ネーベルにも言えないや。
「母上は……、苦しんでいませんか?」
クリーガー父様との間に子供ができないこと。悲しんでいないだろうか?
「リーゼはアルベルトの母よ? 貴方が思うよりも強いわ」
そうかな? でも母上は愛が深い人だから、愛する人との間に子供を持ちたいと思うんじゃないだろうか?
「だけどね、アルベルト。これで貴方は、何があっても死ぬことは許されない身になりました」
おばあ様が真剣なまなざしを僕に向ける。
「不帰の樹海の次期管理者は貴方だけです。マルコシアス家の直系の血を繋いでいくのも貴方だけです。今まで以上に身辺に気を付けて。元気な姿でフルフトバールに戻ってきてちょうだい。貴方さえ無事であるならば、マルコシアス家は未来に繋がるのです」
おばあ様もおじい様と結婚前は幾度となく命を狙われていた。
それは個人の嫉妬だけではなく、家門や派閥の思惑もあったのだと思う。無事に育った子供が母上だけということが、それを物語っている。
僕にとって、結構ショッキングな話を打ち明けたおじい様とおばあ様は、もう少し学園祭の模擬店や展示物を見て回ってくると言って、立ち去って行く。
一人残された僕は、ますます、嫁とりをちゃんと考えなくてはいけなくなったと、痛感する。
いや、前々からヒルトにも言われてたし、ちゃんと考えるって言ってたけどさ。なんかさぁ……、僕の周囲にいる女の子、みんな男なんか必要ねーってぐらいつよつよ女子じゃない?
いや、そういうつよつよ女子じゃなければ、僕のお嫁さんは務まらないのか? 侯爵夫人になるんだもんね。そりゃぁ、精神的に強くなければやっていけんわな。
でもなー、でもなー、気になる子って……。
そこまで考えて僕の脳裏をかすめたのは、生命力が溢れてキラキラと輝く琥珀色の瞳。
……え?
いやいや……。否定するも、思い浮かぶのは、いたずらっ子みたいな笑顔。
いやいや、いやいや。ちょ、まって。今、僕、何を考えた?
あれ、でも、なんか、あの顔を思い浮かべただけで、どんどん顔が熱くなってきてるぞ?
ちょ、ちょっと待って。
「アル、こんなところにいたのか?」
僕を探しに来てくれただろうネーベルが、ヒルトと一緒に駆け寄ってくる。
「顔が真っ赤ですよ。どうされました?」
「演武で疲れたのか?」
「い、あ、そー、じゃなくって」
演武を舞ってからもう結構時間が経ってるから、運動での血液循環活性は抑えられているはず。
「アル?」
「アルベルト様?」
心配そうに声を掛けてくるネーベルとヒルトには悪いんだけど、僕、自分が今どうなっているか、わからない。
「か、顔、赤い?」
「うん」
「真っ赤です」
両手で自分の頬を押さえる。確かにちょっと熱い、かも?
自覚したらコレか? いや、まだそうと決まったわけじゃ……。くっそー! 違うなんて否定できんぞ!! 僕の心が『なに偽ってんだこんちくしょー』って叫んでるぞ!
なんかもう意識しはじめたら、考えるだけで、動悸が止まらなくなってきてる!
「あの、さ」
二人に、何でもないよと言うのは簡単だけど、でも今の僕はどう見たって何でもないって状態ではないだろうし、勘のいい二人は、僕が何も言わなくても、そのうち気付くと思う。
でももう少し時間が欲しい。
「……ちゃんと、心の整理が付いたら話す」
僕がそう言うと、ネーベルとヒルトは顔を見合わせて頷いた。
「なんだかよくわからないけど、わかったって言っとく」
「アルベルト様のお話、お待ちしています」
二人とも優しいなぁ。そしていい友人を持てたなぁ。
二人はそう言って、僕をクラスのみんなのところに連れていく。
すると、僕らに演武の指導をしてくれた神官が、おそらく上司であろう神官の人数名と一緒に挨拶に来てくれていたようだ。
「学園祭で奉納演武の舞を見れるとは思いませんでした」
「素晴らしい奉納演武でした」
「ヴィント神もお悦びのことでしょう」
え、え~、嬉しいなー。めちゃくちゃ褒められたよ~。
でも今日の演武が良かったのは、きっとクラスのみんなが一生懸命踊ってくれたからだよね?
きっと、芽はいつの間にか出ていたんだと思う。
僕は自分のこういうことには、ニブニブだったんだ。だから、芽吹いて蕾になっていたことには気が付かなかった。
ほんともう、こんな些細なことがきっかけで、咲くとは思わなかったよ。
なんだろう、自分のこの感情が、すごく気恥ずかしい。でも、あの笑顔を思い浮かべたら、胸がキューッとなって、ほわほわしてしまう。
最初から可愛いとは思っていたよ? 元気がいい子だなぁともね。
でもさ、顔を合わせても話をしても、こんなふうに動悸が激しくなったり、胸がキューってなったり、してなかったじゃん。
だからさ、だから……、全然気が付かなかったよ。
やだなぁ、何ですぐに気が付かなかったんだろう。
もっと、早く気が付けば、そうしたら……、いや、意識しすぎて挙動不審になったかも?
僕の、恋の花が咲いた。
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