第56話 追いかけっこする女子
学園祭が終わると、なんだか少し物寂しい気持ちになる。
秋だから? 違うね。年が明けて、三年に進級すれば、みんな別々の進路になるとわかっているからだ。
僕とイジー、そしてオティーリエは領地経営科。
ネーベルとリュディガー、クルトは文官科で、テオは案の定、騎士科へと進学することに決めたらしい。
ヒルトは前にも言っていたように淑女科へ。意外にもヘッダも淑女科へ行くそうだ。未来の王妃になるんだから、化粧領地っていうの? そういうのハント゠エアフォルクから持たされるんだろうし、それの運営のための勉強とかするんだと思ってた。
前にテオが言っていたようにばらばらになっちゃうんだなぁっと思うものの、学舎は同じだからね、寂しくないよ。お昼も一緒だしさ。
そんな中、僕はとんでもないものを見かけてしまった。
「待って! イヴ!! お願いよ!! 逃げないで!!」
「お待ちなさい! 貴女、イヴ! 淑女が走り回るんじゃありません!! 止まりなさい!!」
「うるさぁぁぁい!! 誰が淑女よ!! 私は平民だってーの!! ほっといてよ!! 追いかけてくるな!!」
中庭でイヴを追いかけているのは、ブルーメ嬢とオティーリエだ。
久しぶりに僕とネーベルとヒルトの三人で、放課後、ショップ街の本屋に行くことにしたら、追いかけっこをしている三人に遭遇してしまった。
「あぁっ! アルベルト様!! イヴを捕まえてください!!」
僕らに気が付いたオティーリエが叫ぶ。
え? 無理。いや、そんな、女の子にむやみやたらと触れるわけないでしょ?
「あー、えー、ヒルトお願いできる?」
「やってみましょう」
ヒルトはくすりと笑って走り出すと、あっという間にイヴに追いついて、捕獲してしまった。
すんごい。
だって、オティーリエの発言で僕らに気づいたイヴが、僕らがいる方向から、すぐに方向転換して右側にズレたのに、ヒルトはイヴがズレた方向に最初から向かって走って行ったんだもの。
僕らの中で一番身体能力が優れてるのはヒルトだ。
「放してっ」
「イヴ。落ち着いて」
暴れるイヴをヒルトが落ち着かせるように、ポンポンと背中を叩く。
「う~っ!」
僕やオティーリエがヒルトとイヴの傍に近づくと、ヒルトにつかまったイヴは、顔を真っ赤にして、悔しそうな顔をしている。
「もうっ! 話の途中で逃げ出すとは何事ですか!」
ぷんぷんと怒りながらオティーリエはイヴを嗜める。しかしイヴも言われっぱなしではない。まるで野良猫のようにシャーシャー牙をむく。
「知らないわよ!」
「イヴ、そんなこと言わないで。貴女のことなのよ。お願いよ。ちゃんと話を聞いて」
涙目でブルーメ嬢がイヴに語りかける。
なんか……、垢ぬけたというか。いや、身だしなみをちゃんとするようにしたせいか、ブルーメ嬢がちゃんと貴族のご令嬢に見える。
手入れされた髪は艶を取り戻し、ちゃんと櫛を入れてサラサラだし、お肌のお手入れもされて健康的だし、制服もちゃんとピシッとしている。
以前のあの格好は、本当に異常だったんだと思うよ。
そしてこうやって見ると、髪の色が同系色のせいか、ブルーメ嬢とオティーリエって、遠目で見ると姉妹のように見えるなぁ。
「オティーリエ様。何があったのですか?」
イヴを宥めるポンポンを繰り返しながら、ヒルトが口を挟む。
「ごめんなさい。わたくしもヘレーネ様に頼まれたのよ」
オティーリエも困ったような顔で、ヒルトに返事をする。
「ヘレーネ様、ですか?」
「えぇ、アンジェリカ様とイヴの二人だと話にならないから、立会人と言うか、仲介役かしら? それを一緒にしてほしいと」
「当のヘレーネ様はどうしたのですか?」
「先生に用事を言いつけられて、後で来ることになっていたの」
だけど、そのヘレーネ嬢が来る前に、ブルーメ嬢が話を始めてしまって、イヴが怒って飛び出してしまったと……。
どんな話をして怒り出したのか。
「どんな状況だったのかはわからないが、イヴも話し合いの途中で逃げ出すのは良くないぞ。受け入れない内容だからと言っていきなり怒り出すのではなく、自分の考えをちゃんと伝えるのが大事なんだ」
「だって!!」
「イヴ」
ヒルトに名を呼ばれ、イヴはシュンとしてしまう。
「だって……、オティーリエ様もヘレーネ様も、結局最後はアンジェリカの肩持つじゃないの」
「そんなことしません。貴女の話を聞いてないのに、一方的にアンジェリカ様の肩を持つわけないでしょう?」
オティーリエは小さな子に言い聞かせるように、イヴに告げる。
「ちゃんと話し合うんだ」
そう言ってヒルトがイヴから手を放すも、今度はイヴがヒルトの腕にしがみつく。
「嫌! ヒルトお願い! 一緒にいて!」
イヴに懇願されてヒルトは困ったように僕を見る。
「あー、お買い物は今度にしようか? いいよ、イヴたちに付き合ってあげなよ」
するとヒルトだけじゃなく、オティーリエも物言いたげに、僕を見ている。
え? まさか、もしかして、僕も一緒に話を聞けって言うんじゃないよね? どんな内容かはわからないけれど、こういうのは女子で話し合ったほうがいいんじゃないの?
そうだよね?
僕は傍にいるネーベルを見る。ネーベルは無言でうなずいた。
「えーっと、じゃぁ後は女子同士で頑張って」
「あっ」
何を期待しているかわからないけれど、ヒルトとオティーリエの無言の訴えはスルーさせてもらうことにした。
いやいや、女子の話に男子が入ると、纏まるもんも纏まらなくなるんだよ。
ヒルトには悪いけど、僕とネーベルは戦線離脱させてもらうことにした。
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