第53話 貴族的な生き方に向いていない
僕に婚約者がいないことも、次の王太子がイジーであることも知らなかったベーム先輩は、気まずそうな様子で僕を見る。
「でも、それはまだ仮の話で、決まってないってことは」
「本決まりですよ。国議で可決されてます」
その返事にベーム先輩は信じられないと言わんばかりの顔をするが、それと同時に気の毒そうな目を向けられる。
あ~、はいはい。その目はアレでしょう? 王太子になれないなんて、婚約破棄された自分よりも可哀想だと思ってるんでしょう?
なんで継承権第一位の僕ではなく、イジーが王太子になるのかって、そこを考えたり気付いたりしないから、婚約解消される羽目になるんだよ。
貴族の子供なのに、そういうことを考えられないおめーが可哀想なんだけど、わかんないんだろうなぁ。
「その……、大変、だな?」
案の定見当違いな慰めをしてくるベーム先輩に訊き返す。
「どこが大変なんですか?」
その切り替えしが来ると思わなかったのか、ベーム先輩はしどろもどろになる。
「え、っと、いや、その……王太子になれなくて」
「王太子になれないと大変なんですか? むしろ王太子になったほうが大変だと思うんですけど」
更なる問いかけに、ベーム先輩は戸惑い、そして、王太子になれないのに欠片も気にしていない僕に、ようやく気が付いたようだ。
「く、悔しくはないんですか? 王太子になれないなんて、悔しいって、普通はそう思うものなのでは」
「ベーム先輩の言ってる普通は、僕にとっての普通ではないので、悔しくはないですね」
「え?」
「相手の思考や感情が、自分と同じものだと考えていたのなら、貴方はやっぱり貴族社会で生きていくには向いていないですよ。婚約見直しになってよかったですね?」
貴族社会はさぁ、足の引っ張り合いだから、相手の思考を読むことに長けてないと生き残れない。
現代日本の政界に通ずるものがあると思うよ?
元コメディアンで県知事になった人が、女性同士の嫉妬よりもすさまじい嫉妬が、政界にはあるって言ってたんだよね。隙あらば相手政権を引きずり降ろそうとするあれこれ。
あれはこの世界の貴族もおんなじ。
自分がこう考えるから相手もこう考えるだろうなんて思っていたら、それを読まれて相手の都合に利用されちゃうんだよ。
自分が何を考えてるか読まれないように、相手が何を考えてるか読めるようにならなきゃ、貴族の世界では生き残れない。
ベーム先輩のように、感情だけで生きているような人は、無理だよ。誰かにいいように利用されて、最終的には口封じで始末されちゃうもの。
やっぱり小説と現実は違うな。
ウルリッヒ・ベーム伯爵令息は、リューゲン王太子の側近。側近ってただの脳筋じゃやっていけないんだよね。
僕が王太子だったとして、ベーム先輩を側近にしたいかと言ったら、したくない。
いくら幼少期に守ってもらった恩があるとしても、傍において重用できるかどうかは、別の話だ。
んー、小説のウルリッヒ・ベーム伯爵令息って、どうだったんだろう? こんな婚約を見直しされそうな、考えなしの人間だったのだろうか?
「僕のことはともかく、ベーム先輩これからどうするんですか?」
「え?」
「ルイーザ先輩のことで僕に話に来たんですよね? 相談だったのか罪の告白だったのか、よくわからない話を聞かされましたけど、ご自分でどうするか決められましたか?」
そこまで僕が知る必要はないんだけど、事と場合によっては、ルイーザ先輩に連絡しなければならない。
ルイーザ先輩には一年のころの学園祭のアドバイスに、七不思議のお話を聞かせてもらった借りがあるから、そこはちゃんと返したい。
僕の言葉にベーム先輩は神妙な顔をしてぽつりとつぶやく。
「ルイーザとの婚約は……いや、婚約とか、もうすでにそんな話ではないな」
お? 覚醒って言うか、我儘が通らないことに気が付いた?
「随分と聞き分け良くなりましたね?」
「……あんなにボコボコに言われたら、嫌でも解る」
そっかー、でもボコボコって言うほどのことぉ? 貴族なら知って当然のことばかりだったと思うよ?
ベーム先輩は迷惑をかけたと言って、僕に頭を下げると休憩スペースを出ていく。
外にいただろうヒルトが、中に入ってきた。
「お話終わりましたか?」
僕らの傍に来たヒルトは、テーブルの上に置いた会話遮断の魔導具に手を伸ばして、スイッチを止める。
「うん、あんなの、別にヒルトに聞かれても、どうってことなかったと思うんだけど……。あぁそうか、確か一年の剣術大会で、ヒルト、ベーム先輩のことボコボコにしたよね? ルイーザ先輩を悪く言ったら、ヒルトにボコられると警戒したのかな?」
ヒルトの剣の腕は騎士科の生徒を凌駕しているものだし、女子を下に見た発言をしたら物理でボコボコにされると思ったのかもしれない。
「いくら憤ることを言われたとしても、あの程度の実力の者に、手は出しませんよ。弱い者いじめになってしまうじゃないですか」
いや、それはさぁ……、ヒルトの感覚がバグってるんだと思うんだよなぁ。
「そうだ、ヒルト。ルイーザ先輩と繋ぎが取れたらさ、ベーム先輩は諦めたから安心していいって教えてあげて」
「あの人、諦めたんですか?」
「たぶんね?」
「想像できないですね」
ヒルトはベーム先輩がそう簡単にあきらめるとは思っていない様子だ。
「アルが言葉でボコボコにしたから、ルイーザ先輩に突っかかっていく気力もぺしゃんこにされたぞ」
ネーベルがそう言うと、途端にヒルトは、あぁ、そうでしたかと、頷いた。
「それなら、わかります」
なんで納得しちゃうの?!
そこはもっとさぁ。
説得できたとか、そう言ってほしかったな!!
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