第52話 婚約者は伴侶候補であって親ではない

 ルイーザ先輩の婚約者でなくなったら、自力で婚約者を探すこととか、婿以外の行先……つまり何処かに就職するとか、兄君が爵位を継いだら、いつまでも家にいることはできないのだから自立の準備だとかをしなければいけない。

 ベーム先輩は婚約がなくなったら、そういったことをしなければいけないことに、遅まきながらも気が付いたのだ。

 だからなんとか引き留めたい。

 ルイーザ先輩が自分に好意を持っていたのは事実だから、その想いを利用しようとしているのである。


「ルイーザ先輩との婚約と結婚で得るメリットを享受したいのなら、ベーム先輩がルイーザ先輩の機嫌をとって嫌われないようにしなければいけない。浮気なんて言語道断。でもベーム先輩はルイーザ先輩に傅かれることは良くても、自分がルイーザ先輩に傅くのは嫌だし、したくないんですよね? だったら、婚約解消をすればいい。そうしたら、ルイーザ先輩の機嫌をとる必要も、傅くこともしないで済むんです。子爵家当主の伴侶と言う地位を逃すことになりますけど、それはルイーザ先輩に傅かなくて済むための対価ですよ。仕方ない、仕方ない」

 ベーム先輩は納得できないと言わんばかりの顔だ。

 わかるわかる。ベーム先輩のような自分だけがいい思いしたいって人は、そのいい思いをするために支払わなくてはいけない対価を考えてない。あるとも思ってない。

 自分が損をしたり、嫌なことや面倒なことをせずに、いいとこだけを得たいんだよね?

 世の中、そんなうまくいくかっつーの!!


「婚約の解消をルイーザ先輩が言ってきたということは、ルイーザ先輩もまた、そう思ったからでは? 言い方は悪いですが、自分の恋心をベーム先輩に利用されているのだと気が付いた。そんな相手をいつまでも好きでいると思いますか? ましてや自分以外の相手と仲良くしているところを隠しもしなかった相手なわけですし。『要らねーなー、この男』って思ったからこそ、婚約解消をしたいと親に言ったのでしょうね。それでベーム先輩のところに見直しの話が来たというわけです」

「まるで、全部見てきたような言い方だ」

「お気に障ったのならすみません。でも僕は、どう見たってお二人、いえ、ベーム先輩のやり直しは絶望的だという想像しかできないんですよ。ですから、どうにかしてほしいと言われても、協力できません」

 無理なものは無理! 潔く諦めろ。

「謝ったら……」

 まだ言うか~。しつこいっていうか、もう意固地になってるでしょう?

「何度も言ってますが、謝ったって婚約の継続は無理ですよ。何より、ベーム先輩は、謝ったってまた同じことするでしょう? そしてルイーザ先輩は謝られたって許さないだろうし、ベーム先輩のこと信用してませんから、やり直しは不可と言うものです」

 っていうかさ、謝るって何に対して謝る気でいるんだろう?

 婚約者のルイーザ先輩に不誠実だったこと? 好きになる努力をしなかったところ? マウント取って貶めたところ? 全部違うと思う。

 ベーム先輩は、ルイーザ先輩に対して悪いことをしたから謝るんじゃなく、謝れば婚約解消はなくなって元通りに戻るかもしれないから、でしょう?

 僕ならそんな謝罪、聞きたくないなぁ。

 案の定ベーム先輩は、寝ぼけたことを言い出した。

「婚約者なんだから、もうちょっと融通を利かせてくれたっていいと思わないか?」

 うっ、わぁぁぁぁ~。ドン引き。鳥肌立った。

「……ベーム先輩」

「な、なんだ?」

「気持ち悪いです」

 軽蔑のまなざしを向けてしまう。

「え? は?」

 僕に何を言われたのか、解ってないみたいだからもう一度言う。

「その考え方。すごく気持ち悪いです」

 さっきも思ったけど、婚約者に対して『ヤダヤダ、僕ちゃん、あれが欲しいの。ちょうだいちょうだい』ってやってるの。本当に気持ち悪い。

「だってルイーザ先輩、ベーム先輩とは血の繋がった家族じゃないんですよ。母親でもない。なのに、ルイーザ先輩が譲歩して当然、ベーム先輩が欲しいものを与えるのは当たり前みたいなその考え方。まるで親兄弟に我儘言って、最終的に聞き入れてもらうのとおなじ。自分と同じ年の、全く血の繋がりのない赤の他人の女の子に、血の繋がった母親にしてもらうような甘え方をしてるじゃないですか。これが、気持ち悪くなくて何だって言うんですか」

 僕のその言葉に、ベーム先輩は愕然とする。

「で、でもいずれ家族に、夫婦になるんだし」

「妻は子供の母親になりますけど、夫の母親にはなりません。妻に自分の母親までやらせるんですか? それ言ったら、じゃぁベーム先輩は、ルイーザ先輩の父親になれるんですよね?」

 そこでようやく、自分の発言がどれほどまでに非常識なものだったのか、理解したようだ。

「いや、そ、そういう意味じゃなかったんだ。気心の知れた仲同士の、軽口っていうか……」

 言い繕ってるけど、気持ち悪い甘い考え方してたのは事実だ。

「こ、婚約者同士だと、もうほとんど、か、家族同然で……。リュ、リューゲン殿下だって婚約者いるだろう?! そういうのないのだろうか?」

「僕、婚約者いませんよ」

「え?」

「御父上から何も聞いてないんですか? 貴族と関わっていくのなら、情報弱者では生き残れませんよ。お気を付けください」

「情報弱者って、いやでも、イグナーツ殿下には婚約者がいますよね?!」

「そりゃぁいますよ。次の王太子なんですから」

「はぁ?! まっ、まってくれ! なんで?! 王太子はリューゲン殿下じゃないのか?!」

 だからさぁ、護衛騎士団長の息子なのに、なんでそれを知らんのよ。あ、跡継ぎじゃないから?

 僕のことをアルベルトではなく、リューゲンと呼んでる時点で、お察しではあるけれどね。



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