第51話 惚れられてることに慢心してるだけ

 ムキになって否定するベーム先輩は、興奮してきているのか息遣いが荒い。

 大丈夫かこの人。これでよく騎士科に所属してるな。

 騎士科って精神面でも結構厳しく鍛え上げられるから、こんな単純な挑発に乗っちゃうのはさ、騎士には向いてないのでは?

 でも、まぁさっきのは、悪乗りしすぎたので素直に頭を下げる。

「言い過ぎました」

「申し訳ございません」

「え、あ、いや……、俺も、ムキになり過ぎた」

 素直に頭を下げる僕らに毒気が抜けたのか、ベーム先輩は戸惑いながらも謝罪を受ける。


「じゃぁ、そういうことなので、帰っていいですか?」

「まだ帰らないでほしい!!」

「なんで?! もういいでしょう? 僕これ以上ベーム先輩に言えることなんかないですよ?!」

「ご、誤解されたくないんだ!」

 う、うざぁ~。誤解も何もないでしょうに。

「ベーム先輩が誤解されたくないのはルイーザ先輩で、僕らに誤解されたってどうでもいいでしょう? ベーム先輩から聞いた話はルイーザ先輩にだって話しませんよ」

「そ、そうだけど、そうなんだけど、なんか嫌だ!!」

「知らねー!! 嫌だってこっちが言いたいわー!!」

「言ってるじゃないか! もうちょっと親身になってくれ!!」

 充分、親身になって話を聞いたでしょ!

「親身になって話を聞いた結果が、もうやり直しも挽回もできない所まで来ているのだから、潔くルイーザ先輩に頭下げて、婚約解消を受け入れましょう、なんですよ。あとはご友人たちに、ベーム先輩がやらかした愚かさを慰めてもらえばいいじゃないですか」

 慰めは僕らの領分じゃないよ。

「そ、そうだけど、諦めきれないんだ!」

 も~!! なんでこんなにしつこいんだよ!

「今から僕は、ベーム先輩にとって、耳の痛い話をします! 諦めきれないのは、ルイーザ先輩だからじゃないでしょう? ルイーザ先輩と結婚するメリット。違いますか?」

 そこでベーム先輩は言葉を詰まらせる。

「ベーム先輩はルイーザ先輩を好きだと言っていますが、本当にそうなら、周囲に婚約していることを揶揄われて、気恥ずかしいから素っ気なくするなんてことはしません。 『俺の婚約者可愛いだろう? 羨ましいだろう? おめーら、このレベルの令嬢と結婚できるか? できねーよな? 指くわえて悔しがれ。ざまぁ!』って余裕を持って、揶揄ってくる人を相手にしないはずですよ。それから、好きな相手の気を惹く手段に、浮気なんて、下策すぎますよ。浮気なんかしたら、相手に嫌われるって、誰でもわかります。気を惹きたい相手が婚約者なら、自分以外の相手に目移りしないように、甘やかして溺愛して、自分と一緒にいれば幸せだと思ってもらうように努力するものなんですよ」

 好きな人に誠意ある対応をしなかった時点で、ベーム先輩はルイーザ先輩に恋慕の情など持っていないのだ。

 じゃぁ、どんな想いを持っていたのか?

 そんなの羨望と嫉妬と劣等感に決まってるじゃないか。

 何も知らなかったときは、ただ仲の良い幼馴染みで済んだだろう。いや、もしかしたらちょっと可愛い幼馴染みで、あんな幼馴染がいて羨ましいって言われて有頂天になったこともあったんじゃないか? しかもそれが自分の婚約者だからね。

 でも次第にベーム先輩は理解してしまうんだよ。

「ベーム先輩は、確かにルイーザ先輩に対して、そこらにいる女の子よりも可愛いと思っていたと思いますよ。でもそれだけで、実際は年の近い親戚のようなそんなものだったんじゃないですか?」

「そんなことない!」

「じゃぁ、なんでルイーザ先輩を守ってやろうって気持ちにならなかったんです?」

 そこでベーム先輩は、やっぱり言葉を詰まらせる。

「次期子爵の地位と当主としての才覚。自分が持ってないものを持っているルイーザ先輩が、羨ましくて妬ましかったんですよね?」

「そ、そんなの言いがかりだ!」

 ベーム先輩は否定するけど、否定するにはルイーザ先輩に対しての誠意がなさすぎるのだ。

 そんなベーム先輩を無視して僕は続ける。

「伯爵家の子供であるのに、自分は貴族の称号が持てない。でもルイーザ先輩は一人娘だから当然のように爵位が持てるから羨望した。結婚するのに、自分が子爵になるのではなくルイーザ先輩が子爵になるという嫉妬もあった。次期当主として領地経営を学んで、それを理解しているルイーザ先輩への劣等感も募っていった」

「た、確かに優秀なルイーザに対して、ちょっとは引け目があったけど……、だからって嫉妬とか、するわけないじゃないか! こ、婚約者なんだぞ!」

 婚約者だから、嫉妬したんじゃないか。

「そうですよ。婚約者なんですよ。しかもルイーザ先輩はベーム先輩に恋心を抱いて、婚約者であることを喜んでいて、気にいられようと一生懸命に尽くしてくる。ルイーザ先輩に対して、初めて上に立てたと思ったんじゃないんですか?」

「そ、そんなことは……」

「あるでしょう? だから言い寄ってきた女生徒と仲が良いところを隠さなかった。『お前なんか、俺の気分次第で、いつでも捨てれる。捨てられるのが嫌なら、俺の機嫌を取れよな』って、ルイーザ先輩に解らせたかったんですよね? ついでに傷つくルイーザ先輩を見て、いい気持ちになったんですよね?」

 僕がそう言うと、ベーム先輩は怒りの為か、それとも言い当てられた悔しさの為か、ブルブルと震えだした。

「ベーム先輩が頑なに、『ルイーザは俺のことが好きなんだ』って思いこもうとしたのは、唯一ルイーザ先輩の上に立つことができる状況だから。ルイーザ先輩がベーム先輩のことをいらないと思ったら、ルイーザ先輩に対しての優位も、それから周囲から婚約者であることを羨ましがられることも、ついでに貴族でい続けることも、ぜーんぶなくなっちゃうからですよね?」

 コンプレックスからルイーザ先輩の好意を逆手にとってその心を傷付けていながら、でもルイーザ先輩がいなければ、周囲からは羨望の目を向けられない。

 ベーム先輩は、ルイーザ先輩との結婚は、安寧の未来が保証されていると、わかっている。

 だからルイーザ先輩とやり直したいだとか、どうにか元に戻りたいだとか、グダグダと言っているのだ。



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