第50話 婚約を交わすには早すぎたのでは?

「一度、魔術塔の魔術師か、精神疾患専門の医者に診ていただいては?」

「違う! 俺はおかしくない!」

 せやな。精神疾患でも知能に問題があるわけでもないことは、わかってるよ。

 単におこちゃま精神のまま成長してないだけなんだってね。

 でもさ、ベーム先輩。まだ理解してないよね。

「そうですか。わかりました。ではもう一つ、ベーム先輩が気づかれていないだろうことを言わせていただきます」

 僕の言葉にベーム先輩は身構える。

「ルイーザ先輩の話は、ご家族ならともかく、ご友人や知り合いには言わないほうがいいですよ」

「なんで」

「ベーム先輩の話を聞いて、僕がベーム先輩の精神疾患と知能を気にしたということは、他にも同じように思う人がいるからですよ。ご自分の醜聞をまき散らしたくなかったら、虚偽と保身に塗れた相談は、身内にだけにしたほうがいいと思います。身内でも疑う人は疑うと思いますしね」

 身内なら、そういう醜聞を吹聴されることは、避けられるかな? 折り合いが悪かったら広められるね。


「まぁなんだかんだ言いましたけど、ルイーザ先輩と関係修復は絶望的ですし、婚約の見直しの話が出ている以上、解消は時間の問題。それならいっそのこと自分のほうから終わらせてはどうです? 貴族でいたいなら、兄君が爵位を継承するまでは、伯爵令息のままでいられるのだし、その間に貴族の婿入り先を探せばいいだけの話です」

「お、俺は、ルイーザがいいんだ」

「ルイーザ先輩がいいって……」

「そこまでクズだったとは……」

 ベーム先輩の言葉に、僕は何を言ってんだと思い、ネーベルもそう言いたげな顔をする。

「クズってなんだ! 俺はルイーザのことが好きなんだ!」

「……あの、ちょっといいですか?」

「な、なん、だ?」

 なんでびくつくんだよ。

「好きなのに揶揄われるのが嫌だからって、邪険にしたんですか?」

「好きなのに、他の……淑女科の女生徒と浮気したんですか?」

 僕とネーベルがそう言うと、ベーム先輩は慌てて弁明しはじめる。

「ちがっ、そうじゃなくって!」

「そうじゃなくって?」

「そ、そうじゃ……、だから、その、周囲と違うと嫌だって言うことあるだろう?」

 ねーよ。皆と同じがいい~、一緒じゃないとやだ~っていうのはなぁ、それこそ幼児期、兄姉が持ってるものを見て、「お兄ちゃん(お姉ちゃん)と同じものがいい~!」って時だけじゃ、ボケが。

 学園に通うようになってまで同じことやってるんじゃないよ。

「それは気持ちの持ちようですよ。特に婚約なんて将来に関することですよ? みんなはまだ婚約してなくって自分は婚約してる。そのことに恥じるところが、何処にあるんですか? むしろ婚約者がいない相手に、あぁ、お前たちはまだそういう相手もいないのか、自分と違って、これから一生懸命頑張って将来の結婚相手を探さなきゃいけないなんて可哀想にな。と優越をもって、自分の婚約者を自慢するところでは?」

 ねぇ? とネーベルに振ると、ネーベルは苦笑いを浮かべながらも頷いた。

「たしかにルイーザは、何でもできるし、自慢できるけど、その分可愛げがなくって」

 はい、きた。今度は浮気の言い訳。

 そんなの聞きたくねーんだわ。

「ならその可愛い相手と婚約すればいいじゃないですか」

「え?」

「何でもできる婚約者に不満なら、何にもできない婚約者を探せばいいんですよ。都合よく、ルイーザ先輩はベーム先輩との婚約を解消したがってるんです。その流れに乗って婚約を解消して、ベーム先輩が理想とする、何もできない、可愛い婚約者をお探しになればいい。はいこれで解決です。お疲れさまでした」

 パンと両手を叩いて終結させる。

 これで終わりになると思ったのに、それがベーム先輩はお気に召さないのか終わりにしたくないのか、またしても言い募る。

「ち、ちがう! そうじゃないんだ! ルイーザに不満はない! ただ、俺を頼ってほしかっただけなんだよ! か、関心を俺に向けたかっただけなんだ!」

「婚約していることを揶揄われて、それが嫌だと邪険にして、頼れるようなことを何一つしていないのに、頼ってほしかったとか、関心を向けたかったから浮気したとか、よく言えますね」

「あう……、で、でも! 俺が他の女子と一緒にいると文句言ってきたんだぞ」

「そりゃ、言うでしょうよ。婚約してるんだから。婚約者以外の相手と二人っきりで、イチャコラしてたら、婚約を終わらせたいのかと思うでしょう?」

「し、嫉妬するってことは、俺が好きだからじゃないのか? そうだろう?」

「そうですけど、それは恋人になる前の駆け引きでなら有効な手で、しかも使えるのは一度だけですよ。何度もやられて、喜ぶ人いませんって。だって不貞なんですから。最初は焼きもち焼いてくれるかもしれませんけど、何度もやられれば、そのうち、『あー、この人、自分のこと飽きてきたんだー。だから他の女に手を出してるんだー』って、思いますよね? そんな不誠実なことやってる相手を、いつまでも好きでいると思ってるんですか? 虐げられて喜ぶマゾヒストならともかく、ノーマルな性癖の人は、こんな男要らねーわってなりますよ」

「アル、マゾヒストって?」

「自分の身体を傷付けて快感を得る人」

「そんな人、いるのか?」

「いるんだよ。これの逆が、サディストと言って、他人の身体を傷付けて恍惚感に浸っちゃう人」

 そこまで言って僕とネーベルは同時にベーム先輩を見る。

「性癖は人それぞれですから、恥ずべきものではありませんよ?」

「でも、ノーマル性癖な人にそれをやるのは……。相手を選ぶべきだと思う。マゾヒストの人を探すとか」

 僕らが何を言わんとしているのか理解したのか、ベーム先輩はさっと顔を赤くして否定した。

「ち、ちがっ! 俺はちが……」

「いいんですよ~、そんな否定しなくても~。わかってますから~」

「大丈夫です。絶対誰にも言いません」

「ち、違う!! 俺はそんな変態じゃない! サディストとかいうのじゃない!!」

 そんなムキになって否定しなくたっていいのに。



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