第49話 相手の好意に甘えるな
ベーム先輩は言わなかったことを僕に暴かれて観念したのか、ぽつりぽつりと近況を話し出す。
今年の夏の長期休暇にルイーザ先輩の家から、婚約の見直しをしたいという連絡が入ったのだという。
と言うか、その婚約に関して、どうなっているんだという伺いの話が、去年の冬の長期休暇の辺りから出ていたそうだ。
ルイーザ先輩側でどのような話があったのかは不明だが、ルイーザ先輩の父親からベーム先輩の父親、護衛騎士団長に連絡が入ったらしい。
護衛騎士団長も寝耳に水の話だったので、ベーム先輩にルイーザ先輩とうまくやっているのかということを聞いてきた。
ベーム先輩は、王立学園に入学してからの、ルイーザ先輩への態度は褒めらたものではなく、むしろ父親にバレたら怒られるという自覚があったので、ちゃんとしているという返事をして、誤魔化したわけだ。
騎士団長はしつこく聞いてくることはなかったけど、ルイーザ先輩とは仲良くするようにと念を押してきた。
その時は、注意されたのが無性に腹立たしくって、なんでそんなことを言われなくてはいけないんだと思ったベーム先輩なのだが、最近(去年の夏の長期休暇前あたりから)ルイーザ先輩からの接触がないと気が付いた。
以前は頻繁にベーム先輩を訪ねてきたり、一緒に過ごす時間を取ろうとしてきたり、差し入れを持ってきていたのに、それが一切なくなっていたことに、ようやく気が付いたわけだ。
それでも自分から声を掛けるのは癪に障るし、ルイーザ先輩がベーム先輩の元にご機嫌伺いに来るべきだろうと思うも、ルイーザ先輩は一向にベーム先輩に近づいてこない。
それで文句を言いに行ったら、ルイーザ先輩から冷めた目を向けられた。
曰く、自分たちの婚約は政略ではなく、父親たちが親友だという縁で結ばれたものなので、文句を言われる筋合いはない。ルイーザ先輩の好意を無下にしたのはベーム先輩なのに、なんでそんな上から目線で、居丈高に文句を言われなきゃいけないのかわからない。マジムカつく。おめーの態度にムカついた。おめーに対する好意はなくなった。態度を改めても許さねー。父親に婚約解消するように頼むわ。(超意訳) とのこと。
そして、今年の夏の長期休暇に、正式な婚約の見直し(解消)が来たというわけらしい。
見事なまでに、自業自得じゃん。
すごいな。フォローするところが、一つもない。
「父上にも怒られて、なんとか解消を取り消すようにルイーザに頼もうとしたんだが、聞く耳持ってもらえなくって……」
「厚顔無恥ですね」
「こうがんむち?」
「厚かましくって恥知らずってことですよ。ベーム先輩って、本当に自分のことだけで、ルイーザ先輩に対する配慮が全くないんですね。そりゃー、ルイーザ先輩も、そんな男いらねーって言いますよ。同じ男から見ても、こういうのにはなりたくねーなーっていい見本になりました。ありがとうございます。絶対に真似しちゃいけない見本として、参考にさせていただきます」
もう言い繕う気も起きねーわ。
そしてぼろくそ言われたベーム先輩は、振られたことを認めたがらない典型的な男のテンプレのようなことを言い出した。
「る、ルイーザは俺のことが好きなんだ」
「出た、それさえ言えば、全部解決できると思っている『俺のことが好き』っていうおまじない科白。その言葉が通用するのは、常日頃から、相手に愛を伝えて大切にしている場合にのみ有効なんです。散々邪険にしていて、ついでに浮気場面を見せつけておいて、今なお想われてると思っています? 女子に対して侮り過ぎですよ」
「でも、ずっと俺のことが好きだったんだ」
「ベーム先輩って精神疾患を患ってるんですか? それとも知能のほうで何か問題でもあります?」
「なっ! なんでそうなるんだ!!」
「いや、だって、さっき自分で言ったじゃないですか。『嫌われた原因』って」
「そ、それは」
「それは、じゃないんですよ。今、現在、ベーム先輩はルイーザ先輩に嫌われている。これが事実で現実です。好きでいてもらえたのは、嫌われることをする前の話です。なのでルイーザ先輩からベーム先輩に向けられた好意の感情はないんです。ルイーザ先輩がベーム先輩に向ける感情は『もう、嫌い』になってるんです。それなのに、ルイーザ先輩が今もベーム先輩のことが好きだと思ってるんですよね? それとも思い込もうとしてる? そう思いたい? どちらにしろ嫌われてるとわかっているのに、相手は自分が好きなんだと矛盾したことを言ってるわけです。この矛盾をおかしいと思わずにいるのは、精神的に病んでいるからか、もしくはそれを理解できない知能であるか。どちらかでは?」
僕の見立てではどっちでもないと思うけどね。
小さい子がお菓子屋さんやおもちゃ屋さんの前で、ヤダヤダ、買って買ってって駄々こねしてるのと同じ。
そうやって駄々をこねて騒げば、相手が折れて自分の思い通りになると知っているから、やってるだけ。
でもそれが通用するのって、血の繋がった親だけなんだよ。
赤の他人、それも同じ歳の相手に、その手が通用するわけないじゃん。
例外は、相手に洗脳まがいの恋心があった場合ね。
でもさ、その恋心、世話を疎かにして放置してたら、ある日突然、どうでもいい切欠で枯れるからね?
恋心が枯れたら、女性の行動力は男性の比じゃないよ?
もう、あっという間に撤退するから。こんな頼りない男が結婚相手? 冗談じゃねーわ。いらねーよって、さっさと捨てるに決まってるじゃん。
それなのに男のほうはさ、身内相手に通用するこの手は有効だって潜在的に思っているから、ママに有効だったことを付き合っていた相手にやるわけだよ。
その相手はおめーのママじゃねーんだよ。
恋人、婚約者、結婚相手。
おめーを甘やかして守ってくれる相手じゃなくって、おめーが甘やかして守らなきゃいけない相手なんだよ。
なんでそれがわからないんだろう。
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