第46話 気軽にみんながやってるなんて言うな

 身も蓋もない返事だけど、それが事実だ。

 暗に、おめーがルイーザ先輩に酷い態度をとったことは知ってるんだぞと、そう言ったのだ。

 そして僕が何を言わんとしているのか、ベーム先輩は理解したのか、顔色を悪くさせる。

「それで、ルイーザ先輩が何か?」

「お恥ずかしながら、最近ルイーザとは上手くいってなくて」

 最近、じゃなくって去年からでしょ? 言わんけどな。


 相談に乗ってた時のルイーザ先輩は、婚約者であるベーム先輩との関係に悲壮感を漂わせていた。

 だけど、そのあと再会したときは明るい様子だった。

 それから七不思議の話を聞くために会ったときも、話をぶり返す気配もなかった。

 きっかけは僕らとの会話だったかもしれないけれど、ルイーザ先輩は自分でいろいろ考えて、自分で何らかの答えを出したのだ。

 これはルイーザ先輩とベーム先輩の問題であって、そのことを僕に何か言ってくるというのはお門違いではないだろうか?

「ルイーザ先輩とお話しになったらどうですか?」

 僕に何か言ってこられても、どうしようもない。

「いや、とりつく島がなくって」

 知らんがな。

「共通の友人に取り持ってもらっては?」

「そ、そうじゃなく。ルイーザが……、ルイーザの様子が以前と違って、リューゲン殿下と仲がよさそうだったので、何か知っているのかと」

「頻繁に交流しているわけではないので、何がどう変わったのかなんて、僕は知らないです」

「以前は、いろいろ言ってきたんだ。差し入れとかもしてくれて。それがいつからだったか、そういうことがなくなって、話しかけても素っ気なくなった」

「婚約者なら、ベーム先輩こそ、心当たりがおありでは?」

 途端にベーム先輩は言葉を詰まらせる。

 そりゃぁ、心当たりあり過ぎだろう?

 婿入りするであろう相手に対して、勝手に劣等感を持って八つ当たり。挙句に他の女生徒と浮気……、いや浮気なのか? 巷に流れてる、男爵令嬢がヒロインのシンデレラストーリーである娯楽小説に影響されて、自分たちの愛は『真実の愛』だなんて言って燃え上がってたんじゃない?


 ルイーザ先輩が悩んでいたのは、自分と婚約しているのに、ベーム先輩が他の女生徒と恋仲になっていると知ったからだ。

 しかも学園都市に来る前までは良好な関係だったらしいし、そんな仲が良い期間があったなら余計に、どうして? って思い悩んだはずだ。

 ルイーザ先輩がベーム先輩に以前のように慕うような態度をとらなくなったのは、ベーム先輩に対しての恋心を清算したからではないだろうか?

 だから、もうどうでもよくなって、ベーム先輩に何も言わなくなったし、構わなくなったのかな?

 ただ婚約を続けているというところがね。何かがあったのだろうなと、推測してしまう。

 話によれば政略や家の利益があるから結ばれたものではなく、父親同士が友人であったから、その延長で結ばれた婚約だったはずだ。

 ついでに言えば、ルイーザ先輩は跡取りで、ベーム先輩は入り婿。あくまで家の当主はルイーザ先輩であって、ベーム先輩はルイーザ先輩の補佐として、婿に入るという形になる。

 ベーム先輩に対しての恋心がなくなったのなら、婚約を続ける意味合いは、ただ父親たちの友情によるしがらみのみだ。

 ベーム先輩の話の様子から、ルイーザ先輩はもうベーム先輩に心を向けていないのだろうなと思うので、婚約の解消を父親に願ったとして、父親が自分たちの友情を第一にしていたなら、解消には難航しているのだろう。

 その場合、ルイーザ先輩は解消のためにあれこれ動いている真っ最中で、ベーム先輩に構ってる暇なんかないし、もしかしたら、ベーム先輩に代わる婚約者を探しているのかもしれない。

 どのみち、婚約、そして結婚するのはルイーザ先輩自身の話で、ルイーザ先輩の父親ではない。その点を考えれば主導権はルイーザ先輩が持っているのだ。

 解消も時間の問題なのだろう。


「みんなやってることなのに」

 その呟きは、自分に咎は何一つないと言わんばかりである。

「なにをやって、なのかは知りませんが、それがルイーザ先輩との関係を悪化させたことなら、素直に謝ればいいのでは?」

 浮気の告白をされて、それを許す女性がいるとは思えないけど?

 浮気された女性が、その相手を許すってことはないんだよ。相手のことがよっぽど好きでも、その浮気自体はずっと後々まで引きずるし、結婚している場合は、別れられない理由があるんだ。

 前者はともかく後者は、完全に妥協だよ。

 婚姻生活を続けるメリットをとったって話で、許してもいないし、気持ちなんかなおのこと離れているよ?

 そこがさぁ、浮気した側はいまいち理解していないんだよなぁ。

 まだ自分に気持ちが残ってるから、自分のことが好きだから、浮気を許してくれて婚約もしくは婚姻を続けているんだと考える。

 そんなわけないじゃん。

 特に女性は、自分のものではなくなったら、心底興味を失くすからね。

 甘いんだよなぁ~。


「許してもらえるだろうか?」

 僕の言葉に活路を見出したと思ったのか、何か期待したような視線を向けてくるけれど、許してもらえると思ってるのかね?

「そんなの知りませんよ。許す許さないの判断は、ルイーザ先輩本人にしかわからないことです」

「さっき謝ればいいって」

「だって『みんなやってることなのに』って、ベーム先輩が言ったんですよ? 『みんな』の意味ご理解しています? 誰でもってことです。一人の例外もなく、誰でも気軽にやってることなんですよね? そんな軽い出来事なら、謝れば許されるのでは? そう思ったから言ったのですが?」

 浮気は軽い出来事ではないけれどな。

 これが将来の約束を交わす関係ではなく、ただのお付き合い、恋人同士の関係なら、謝って許してもらえなかったら、お別れで済む話なのだろう。

 一方の気持ちが離れた時点で、関係の継続は難しいんだからさ。



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