第45話 尾行していた相手の正体
ヒルトとイヴは、放課後一緒にどこかへ行く予定だったようなのだが、万が一を考えて、今日だけはこのまま寮に戻ってもらうようにお願いした。
イヴも特に反抗することなく、大人しく僕らに寮まで送られ、ヒルトとまた今度一緒に出掛けようと約束して別れた。
イヴを送った後、ヒルトのことも貴族用の女子寮に送り、僕とネーベルも寮に戻ることにした。
「あのさ」
帰寮途中でずっと黙っていたネーベルが口を開く。
「うん?」
「あの先輩」
「イヴを突き飛ばした先輩?」
「うん。あの人を見て、何も思わなかった?」
ネーベルも何か引っかかってたんだ。初対面だとは思うんだよ。何か話をしたことはなかったはず。
だけど、初めて見たというわけではない。
「どっかで見たことあるかな? 程度」
「あの人、ルイーザ先輩の婚約者」
「あっ!」
ネーベルの言葉に、記憶のピースが嵌った。
そうだ、どっかで見たことがあると思ったら、ルイーザ先輩の婚約者、ウルリッヒ・ベーム先輩だった。
護衛騎士団長であるベーム伯爵のご子息で、それから、オティーリエが言うにはラノベのリューゲン王太子の恩人で、幼少期からの側近だった人。
「七不思議のことを聞くために、ルイーザ先輩を呼び出したとき、あの人、離れてルイーザ先輩のこと窺ってただろう?」
あ、あの杜撰な尾行もどきのようなことしてた。あれ、ルイーザ先輩も気づいてたよね。だから友人のシュテラ先輩が、ルイーザ先輩と一緒だった。
「あの後さ、しばらくして、アルがつけられただろう? あれもあの人だ」
「つけられていたのは分かってたけど、顔までは確認してなかったんだよね。ネーベルは見たの?」
「シルトさんに聞いた」
そっかぁー、シルトに聞いたか。
僕の命を狙ってるような相手なら、問答無用で始末しているだろうけれど、そうじゃなさそうだったから、相手を特定して正体が判明して、無害だと判断されたから放置されたんだろう。
「ベーム先輩の目的ってさぁ」
「ルイーザ先輩だろ」
ネーベルは迷いなくそう言うけど、僕らがルイーザ先輩と会ったのって、出会ってからの相談っぽいあれと、一年の学園祭前にショップ街で出会ったのと、七不思議の話を聞きに行ったときの三回。
ルイーザ先輩のことで話を聞きたいのだとしても、僕らよりも適任の人が他にいるはずだ。
「違うと思ってるのか?」
「う~ん、違うって言うか、それだけの為に僕に接触してくるのかなぁ? って」
「アルにとっては、それだけと思うことでも、相手はそう思ってないんだ」
「ベーム先輩が?」
「うん、切羽詰まってる感じだったじゃん?」
それは、なんとなく感じた。
余裕がないというか、僕と話すことに頓着していて、他に意識を向けていなかった。
「そうだとしても、関係ない相手にあんな横柄な態度するのは許せんよ?」
「注目するのはそこなのか。まぁ、たぶんまたアルに突撃してくると思うぞ?」
「話さないって言ったのに?」
「だからだよ。あぁいう相手は、断られたり拒絶されると、余計に執着するから」
やだー、そんなのストーカーじゃないですかー。
なんて、気楽に考えていたのが悪かったのか、その出来事から数日たった後、ヒルトが声を掛けてきた。
「イヴに謝罪しに来ましたよ」
「……ベーム先輩が?」
「お相手のこと知っていたんですね。そうです。ルイーザ先輩に付き添ってもらって、謝りに来ました」
「へ~、そうなんだ」
一人で突撃したのではなく、イヴと同性であり自分の婚約者と一緒にか。
そういう配慮は一応持ち合わせていたんだね。
「それで、改めて、アルベルト様に繋ぎをとってほしいと頼まれました」
僕があからさまに嫌そうな顔をすると、ヒルトは苦笑いを浮かべる。
「嫌ならお断りします」
「いいよ。ちゃんとイヴに謝って筋を通してきたんだ。会うよ」
それにここで断っても、ベーム先輩はきっと諦めない。
ネーベルも言っていたし、しつこく僕と繋ぎを取ろうとしてくるだろう。
嫌なことは、早く終わらせるに限る。
ヒルトにそう告げた翌日に、改めて、放課後ベーム先輩と会うことにした。
場所は、上学部の騎士科の生徒が使う訓練所……ではなく、その近くの休憩スペースだ。
騎士科の生徒だし、先に来ているかと思ってたけど、ベーム先輩はまだ来ていなかった。
こっちは繋ぎをつけたヒルトと、ネーベルを入れて三人。
空いたスペースのテーブルセットの椅子に座って待っていたら、ばたばたと走りながら、休憩スペースに入ってきた。
「お、お待たせしてすみません!」
「僕らも先ほど来たばかりなのでお気遣いなく。話はここでしますか? それとも移動しますか?」
「いえ、ここで……」
どうぞと、前の椅子に座るように促すと、ベーム先輩は躊躇いながらも椅子に腰を下ろす。
「申し訳ないですが、貴方と二人での話はできません」
先に、ネーベルとヒルトの同席が必須であることを伝えると、戸惑った様子を見せる。
「二人は、将来、僕の傍につく者たちです。ベーム先輩の話を口外することはないと、お約束しましょう」
そこまで言うと納得したのか、それとも自分の要望は通らないと知ったのか、わかりましたと小声で告げられた。
「それで僕に話とはどんな内容なのでしょうか?」
せっかちとか言われそうだけど、和やかに挨拶を交わすつもりはない。
自分のペースを崩されていると自覚しているのか、それとも自分の想像していたことと違ったのか、ベーム先輩は戸惑いが隠せないままだ。
「あ、俺、いえ私はウルリッヒ・ベームと申します」
「知っていますよ」
「そ、そうですか。……私の婚約者のルイーザのことは知っていますよね?」
「えぇ、僕らが一年の時に、ルイーザ先輩の手をベーム先輩が払いのけたところを目撃してますので」
取り繕う気はない。
そもそもルイーザ先輩と知り合ったきっかけは、その場面を見たことなんだからね。
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