第43話 大きな声では言えない計画

 メッケル領での二泊は、楽しかった。

 テオにメッケル領の観光名所をあっちこっち案内してもらって、獣狩りもしたいと言われたけれど、さすがにそれはお断りした。ほら、狩場荒らしになっちゃうじゃない?

 そのうちお互いの領で合同演習っぽい、何かができるように辺境伯に伝えておいてと言っておいた。

 最終日、見送りに来たテオに、メッケル辺境伯とマティルデ様それぞれにお手紙を書いたので渡してもらうようにお願いした。


 メッケル辺境伯には、滞在のお礼と充分に堪能させてもらったこと。テオがうちの魔獣狩りに興味を持っているので、そのうちおじい様を通し、お互いの領で魔獣狩りの合同演習のようなものをお願いするかもしれないということ。

 マティルデ様にも、滞在のお礼、訪問をしなかったことのお詫び、メッケル領でのびのびできたことを母上に伝えますと、手紙にしたためた。


 僕らの夏の長期休暇はこんな感じで終わり、新学期始まっての学力テストにみんなヒーヒー言いながらも乗り越え、学園祭が始まるまでのまったり期間。

 僕はヒルトに、ヴュルテンベルク家に加護を授けている剣神シュヴェルの話を聞かせてもらうことにした。


「シュヴェル神のことですか?」

 放課後教室に残ってもらって、室内の端っこで、ヒルトにシュヴェル神のことを聞かせてもらう。

「うん。シュヴェル神の主神殿って、ギュヴィッヒ領にある?」

「はい、うちの領都内に主神殿があります」

 僕の顔を見てヒルトは何かあると察したのか、小声で訊ねる。

「もしかして、以前、アルベルト様がお話ししてくださったことに関係してますか?」

 その問いかけに僕は頷く。

「……来年の夏の長期休暇、ギュヴィッヒ領に訪問してもいい?」

 冬の長期休暇でもいいと思ったんだけど、祝福を掛けてもらうことは急いでいるわけではないし、それにこの世界でも年末年始はあって、その期間は家族と過ごすのが通例になっている。

 冬の長期休暇は、年の瀬の忙しなさと、一家団欒で過ごす新年の時期なので、避けたほうがいい。

「いつでも構いませんが……、うちの領というよりも、シュヴェル主神殿に御用があるのでしょうか?」

「えっとね、僕の『夜明』と『宵闇』にシュヴェル神の祝福をしてもらいたいんだ」

「祝福……」

 きょろきょろと周囲を見回してから、さらに声を潜めてヒルトに告げる。

「女神対策だよ。シュヴェル神の祝福を掛けた武器なら、女神殺しができるかもしれないでしょう?」

 僕の話を聞いたヒルトは咄嗟に両手で口を押さえ、僕とそして傍にいるネーベルを見る。

「そ、それは可能なんですか? もし可能だとして、ウイス教から抗議が来るんじゃないでしょうか?」

「そもそもウイス教の上層部が、どこまで敬虔な女神の信者でいるかってことじゃないか?」


 ウイス教はウイス教国っていう総本山があって、そこはもう宗教国家として成り立ってるんだよね。

 そしてそのウイス教国の教皇聖下が、どこまで女神に対して敬虔であるか、ってことになる。


「宗教ってさ、大きくなればなるほど、上層部は腐敗して、信仰からかけ離れるんだ」

 建前は掲げた教義を守り、教え、広めるって主軸になってるけれど……。

「最初はみんな、ちゃんと敬虔な信者だったりするんだよ。分岐はきっと、上に行けばもっと信仰を広められるかもしれないと考えるか、上に行かなくても地道な布教は、いつか芽吹くって考え、どっちに行くかだ。上に行けばと考える人は、最初は胸に抱いていた理想が、自分の地位固めという手段になって、何のためにそうしていたのかっていう目的を見失っていくと思うんだ。純粋に神の信仰を布教したいと思っている人っていうのは、上にいる人よりも下にいる人のほうだと思うよ」

 ウイス教は一神教だから、多神教のシュッツ神道よりも、統制が取りやすい。トップを目指すのもシュッツ神道に比べれば楽だし、手段と目的が逆になっている煩悩にまみれた人間は、もうその時点で信仰は名目で、自分の贅を満たすことを望むのだから、信仰対象は何でもいいってなるはずだ。


「もし、もしだよ? ウイス教の上層部が、敬虔な女神の信者ではなく、女神の存在を金儲けにしていると仮定して、彼らは僕が女神を殺しても気が付くだろうか?」


 僕が狙ってるのはそこだよ。

 神がいなくなったとしても気が付かないなら、女神殺しをしても、バレなきゃ問題ないはずだ。

「何とも言えませんね。ただその場合、女神の神託を聴く聖女の存在は、無視できませんよ」

 それだよ。

 ウイス教の序列順位どうなってんだろ。

 教団をまとめている教皇聖下がトップなのか、女神の声を聴いている聖女が上なのか。


「まぁ、ウイス教のことは、今はそんなに考えなくてもいいんじゃないか? アルの『夜明』と『宵闇』に祝福をかけるのはシュッツ神道の神なんだし、武器に祝福かけちゃだめだっていう決まり事だってないだろう? それに実際にソレができるかどうかもわからないことだし。アルは単に、ソレができるならやりたい、その準備をしておきたいって話だ」

 ネーベルの言葉にヒルトも納得して頷く。

「来年の話だし、冬の長期休暇に入ったら、ギュヴィッヒ侯爵に夏になったらアルがシュヴェル神の主神殿を訪れたがっているって話しておけばいい」

「わかった。お爺様と父上にはそれとなく伝えておく」

 ヒルトの返事にホッとする。そんな危険なこと考えるなって言われたら、どう説得しようって思ってたんだ。

「いきなり、こんな話聞かせてごめんね?」

「前もって教えていただいてよかったです」

「このあと何か用事ある? 久しぶりに一緒に寄り道して帰る?」

「実はこの後」

 ヒルトとの会話の途中で、教室の出入り口が騒がしくなる。


「ヒルト様はいらして……」

「どけっ! 邪魔だ!!」

「きゃぁ!!」


 突き飛ばされたのはイヴで、そして突き飛ばしたのは、どこかで見たような男子生徒だった。


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