第42話 じわじわとやってくる後悔

 仕方がない。

 テオを困らせる気はないので、テオの兄君たちのことは諦めるか。

 あと使えるのは、オティーリエの弟だけだけど……、どうかなー? 矯正できてるのかな? 矯正できていたとしても使えねー感じだったら、イジーには諦めてもらって、国王やってもらうことになる。


「なー、こんなこと聞くのはどうかと思うんだけどよー。国王陛下って今でもアルじゃなくってイジーを王太子にしたいって思ってんのか?」

「さぁ? 思ってるんじゃないの? っていうか、僕は国王陛下と個人的な会話をするどころか、顔も合わせてないからわかんない」

 公務の報告は宰相閣下にしてるしね。

 この辺のことはね、国王陛下がオティーリエと僕を婚約させようとして、その権限が国王陛下にないって理解してもらってからは、お互い不干渉って形に落ち着いたと思ってる。

 おじい様や王妃様に思いっきり釘を刺されたし、さすがにもう余計なことはせんだろう?


「いや、それは分かってんだけど」

 そう言ってテオはイジーを見る。

 イジーは僕と違って国王陛下と親子的な会話をしてるだろうって事か?

 国王陛下のやらかしが発覚してから、イジーの教育に支障をきたすようなことはするなと、王妃様が目を光らせているらしいけど、親子の語らいを禁止しているわけではないそうだから、何か話してはいるとは思う。

 でもそこで、僕の話題が出てくるかぁ?

 国王陛下にとっては、僕は手放した子供だぞ? それなのに僕のことでイジーと話すことなんかあるか?


 テオの視線を受けたイジーは、僕の顔をじっと見つめ口を開いた。

「これを兄上に聞かせるのは憚られるのですが、父上……国王陛下は、兄上と話がしたいのだと思います」

「本人がそれ言ったの?」

「いいえ」

「う~ん、想像がつかないんだよなぁ」

 国王陛下が僕と話したいなんて、言いだしそうにないというか……。

「そもそもあの人、僕に関心なかったでしょう?」

「兄上が国王陛下に対してそう思うのは、今までの国王陛下の態度から見れば仕方がないことだと思います。実のところ、兄上が王籍を離れると決まるまで、国王陛下は俺に兄上の話をしたことが一度もなかったんです。まるで自分の子供は俺だけで、兄上の存在がなかったかのような振る舞いでした」

 それはね、僕も想像つくんだよ。

 国王陛下にとって、自分の家庭は最愛の王妃様とその間に出来たイジーだけで、僕と母上は家族のくくりではなかったと思う。

「おそらく国王陛下は、兄上が王籍を抜けると言い出さなければ、ずっとあのままだったのだろうと思うんです」

 それもわかる。

 僕がいるからイジーが王太子になれないって思っていたんだろうし、だからあんなことしでかしたんだから、僕のことを忘れてたとか気にしてなかったってわけじゃなかったんだとは思うんだよ。

 ただなー、なんていうかー、ひたすらに自分の子供っていう認識がなかったような気がする。


 ものすごくわかりやすく説明すると、結婚前に付き合っていた相手が、自分の子供を身ごもって出産していました。

 傍で成長していく過程をみまもっていたわけではなく、言われなければ存在していたと気が付かなかった子供だ。

 それが急に目の前に現れたとして、自分の子供という認識が持てないんじゃない?

 ところどころは違うけれど、国王陛下の心情としては、これに近いものがあるんだよ。


「兄上のことだけではなく、リーゼロッテ様に対しても、いろいろと思うところがおありのようです。ただリーゼロッテ様に国王陛下が関わることは、周囲が許さないのは理解されているので」

「国王陛下がこれ以上母上に関わったら、さすがにおじい様がキレるよ」

「俺の母上も黙ってないと思う。母上、リーゼロッテ様のこと大好きだし」

 昔から仲良くされていたようだからねぇ。

「それもわかっているからこそ、余計に兄上と接触したい、話がしたい、そう思われているのではないでしょうか?」

「う~ん、どうだろう? こう言っては何だけど、あの人……国王陛下って、僕と会話する気があるとは思えないんだよねぇ」

 六歳の時に王籍抜ける宣言したときも、オティーリエとの婚約にたいしての抗議の時も、あの人、僕と言葉のキャッチボールしてなかったよね?


 イジーの言ってることを信用していないのではなく、国王陛下が僕と話をしたがっているということ自体がいまいちピンとこない僕に、テオが言った。

「後悔ってさ、やってすぐくるものと、時間差でじわじわやってくるのと二種類あるじゃん」

「あー、うん。それは、わかる」

「それなんじゃねーか?」

「時間差で後悔してるって?」

「うん」

 後悔ねぇ……。でもだからなんだって思っちゃうのは、あんまりにも関わりがなかったからなんだろうな。

「でも僕、国王陛下のこと父親って思えないんだよね。だから、イジーの為の捨て駒にされそうになったと知っても、めんどくせーことやらかしてんなぁとは思ったけど、傷ついてなかったんだ。好きとか嫌いとか、そういう感情も持てないし、果てしなくどうでもいいんだと。僕のこれからのことに、変なちょっかい出したり関わってこないなら、好きにすればいいよって思うし。これって薄情?」

「薄情っていうかさ……」

「俺は、それも、仕方がない、と思います。そういう関係にしかなれないと、兄上に思わせる接し方しかしてこなかった、国王陛下の咎です」

 そうなんだよね。もうどうやったって、僕と国王陛下は交わらないんだよ。

「今更、兄上のほうが国王に相応しいと理解していても、もう兄上を王太子にさせることはできません。父上は今、自分の犯した罪の意識に苛まれてると思います」

 そっか、僕と話したいというのは、その今更ながらの罪の意識を消したいからなのかもしれない。僕と話すことによって、自分の咎を少しでも軽くしたいのかもしれない。

 それでも、きっと次に国王陛下と僕が顔を合わせるのは、僕が王族でいる最後の時、成人の儀を行うときになるだろう。


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