第40話 国王の資質

 ヴォータン主神殿から予約した宿屋に向かう途中で、ネーベルに訊ねられた。

「祝福はいつやってくれるって?」

「それがねぇ……、用途違いだって言われた」

「用途違い?」

「僕の子孫や一族を守る家宝にするならヴォータン神の祝福で良いそうなんだけど、普段魔獣狩りの武器として使用するものなら、剣神シュヴェルか、鍛冶神シュミートのほうがいいって」

 僕の説明にネーベルは、なるほどと頷く。

「専門家に頼めってことか」

「だよねぇ。僕もさぁ、そこはうっかりしてた。『夜明』と『宵闇』の祝福は、後で考えるわ。せっかくここまで来たんだから、ヴォータン主神殿の聖霊祭典楽しもう」

「うん」


 宿屋についたら、クレフディゲ老はフェアヴァルターを伴って所用でお出掛けしていた。

 ガーベルとピルツは、帰りの行程で野営するときに使うだろう食材、主に日持ちするものを調達に行っているらしい。

 しばらくしてから僕らが宿泊している宿屋に、テオがクルトと一緒にやってきた。


「悪かったな」

 シルトに僕らがいる案内されたテオは、やれやれと言った様子で、ソファーに座って切り出した。

「嫌な目に遭わされたわけじゃないからいいんだけど、ディータ様って……、いつもあんな感じなの?」

「んー、まぁ、スペアにはスペアの屈折があるわけよ」

「え? なに? 天辺獲りたい野心家なの?」

 パッと見た感じは、テオに落ち着きを足した感じの好青年。

 誰が見ても好印象を持つだろうし、テオによく似てるから、女性にも大変おもてになってるに違いない。

 けど、なんかねー、見た目通りの人間じゃねーだろーなーとは思った。


 僕の考えが伝わったのか、テオはどこか面倒そうに投げやりな言い方で、ディータ様のことをこぼす。

「なまじ頭がいいうえに、何事もそつなくこなすからなぁ、自分のほうが向いてる。自分のほうができると思ってるわけよ」

 なるほどねぇ。

 テオの一番上のお兄さんがどんな人かわからないけど、ディータ様は長兄よりも自分のほうが優れているし、辺境伯を継ぐには足りていると思っているのかな?

 そんな上昇志向をお持ちなら。

「じゃぁ、国王陛下やる?」

 僕がそう言うと隣に座っていたイジーが、ぱぁっと明るい表情になる。

 えー、イジーってばそんなに国王陛下、やりたくなかったのぉ? ますます悪いことしちゃったなぁ。

「はぁ?! なんでいきなりそうなるんだよ?」

 焦った声を出すテオを無視して、僕は話を続ける。

「条件はね、イジーの子供と結婚させること。イジーの子供が女の子なら王妃、男の子なら次の国王陛下。直系であるイジーの子供が、ラーヴェ王家の血を繋げないといけないからね」

「待て待て待て! だから、なんでそうなるんだって聞いてんだろ?」

 んもー、テオはこういうところは頭が固いんだよなぁ。

「いやだって、ディータ様、天辺獲りたいんでしょ? それなら辺境なんてみみっちいこと言ってないで、どうせなら国の天辺獲ればいいじゃん。血筋的には申し分ないよ?」

 僕の話を聞いた、テオは頭が痛いと言わんばかりに顔をしかめ、うーんうーんと唸りながら考えこむ。

「アルもイジーもさぁ、国王って地位を軽く見過ぎじゃねーか?」

「そんなわけないでしょう?」

「重く見てるから、俺には無理だと思っている」

 イジーの発言に、思わずみんなの視線が集中する。


「今は、血筋的に俺以外になるものがいない。だけど、条件が充たされて、やりたいと思う者がいるなら、その者にさせればいい」

「……ごめん。本当にごめん」

「いいえ、兄上は謝らないでください。この件で一番悪いのは、一人しかいませんから」


 それもだよ。

 イジーに悪いと言わせるような存在にさせてしまったのは、僕だ。

 あの頃、僕は自分と母上の事だけしか考えてなかった。

 王家のことなんか知ったこっちゃないって想いだったし、だから僕らがいなくなった後のことを考えないやり方で、王家から離脱する方法をとってしまった。

 国王になるなんて全く考えていなかったイジーにかかる重責を配慮せず、行動を起こしたツケが、こんなふうにやってきてる。


「俺は今でも、ラーヴェ王国の国王に一番相応しいのは兄上だと思っています。でも、兄上が国王になったとしても、その血は王家に残せない。それからきっと、兄上の次の国王になる者は、たくさんの苦労があると思います。だから、兄上が国王にならないと決めたことは、未来のことを考えれば、良かったんです」

「イジーからの期待が重い」

 そんな褒められるほどの人間じゃないんだよ僕は。

「しゃーねえわ。王の資質っていうのはさ、外交ができるだとか、民の声を聴くだとか、まぁそういうのもあるんだろうけど、やっぱり一番はカリスマなんだよ。この人に付いて行ったら大丈夫って思わせるやつ。俺らの中で、それを一番持ってるのがアルだ」

「テオまでそうやって僕を持ち上げる。でもそれならテオだって持ってるじゃんか。カリスマ。周囲を巻き込むそれも、王には必要な要素だよ?」

「いいや、俺のはそう言うんじゃねーぞ。俺のはな、楽しいことがしたい! それだけ」

 ぶっちゃけたよ、こいつは。

「でもよぉ、国王にさせるなら、アルの子供でもいいんじゃねーか?」

「君はイジーの話をちゃんと聞いてなかったのかね? 僕の血は、王家に残せないんだよ。元より家訓で王家にマルコシアス家の血を入れるなってされてるし、お家騒動が起きないように、神殿誓約込みの誓約書作ってるから。破ったら呪われるよ?」

 だから、イジーが国王にならないとしても、王家に残す血は、イジーのものになるのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る