第39話 不必要なお出迎え
しょぼくれた僕に、神事長はおじい様が僕を見るような優しい目を向ける。
「せっかくヴォータン神の主神殿に来られたのです。明日からちょうど聖霊祭典でありますので、どうぞ見学していってください」
「はい」
シュッツ神道において、この世界では亡くなった全ての人の御霊は、生前どんな悪人であろうとも、聖なるものに転じるとされている。
聖霊祭典は、その聖なるものに転じるための儀式? 待ち時間? お祭りで楽しい気持ちになれば聖なるものに転じるということらしい。そうして聖なるものになってから、最果ての門をくぐってもらうのだそうだ。
たぶん、昔は鎮霊の儀式だったんだろうな。
ショボショボとしながら来客室から出ると、ネーベルが外で待っていた。
「クレフディゲ老たちは?」
「ちょっと……」
「ちょっと?」
「まぁ……、メッケル領もトゥルム山脈から魔獣が降りてくるわけだから、そりゃー、魔獣狩りのエキスパートが来たら、話も聞きたくなるわな」
「何の話?」
「外に行けばわかる」
ネーベルに促されて、神殿の外に出たら、豪華な馬車がずらりと並んでいた。
思わず隣にいたネーベルを見る。
「アルベルト殿下かな?」
声を掛けてきたのは、アッシュブロンドに金色の瞳の青年だった。
まるでテオが大人になったような容姿。だけどテオよりも落ち着いた雰囲気のその青年は、優し気な笑顔を僕に向ける。
「性別と色彩を抜かせば、本当に母上のミニチュア版だね。ディータ・コルント・ヒンデンブルクと申します。どうぞディータとお呼びください。お迎えにあがりました」
テオのお兄さんでした。
年齢的に言って、二番目の兄君かな?
たしか姉君二人はもうお嫁に行ってるって聞いたし、メッケル領に残ってるのは跡継ぎの長兄とスペアの次兄。そして未成年のテオだ。
動かず喋らずにいる僕に、ディータ様はどうしたの? って感じの顔をする。
いやどうしたのっていうかさ……。
「一つお聞きしたいのですが」
「なにかな?」
「お迎えの指示を出したのはどなたでしょうか?」
確かに僕は長期休暇に入ってすぐに、テオだけではなく、メッケル北方辺境伯にも、お手紙を出した。
メッケル領に避暑に行きます。
目的地はヴォータンの主神殿です。
個人的な旅行ですし、辺境伯のお仕事を邪魔する気はないので、接待は不要です。
僕らに何かが起こっても、それはこちらの責任で、処理もこちらでしますので、お気遣いなく。
って感じのお手紙を返信不要で出したのだ。
返信不要なのは、辺境伯の返事を必要としていない。つまり、何もしないでいいという意思表示。
僕とイジーはメッケル辺境伯に会いに来たわけではなく、そのご子息であるテオに会いに来たのだ。
辺境伯とテオ以外の辺境伯一家と会う理由がない。
僕はまだマルコシアス家の当主ではなく、侯爵としての仕事もしてないから他の貴族と政治的なやり取りをする権限もないし、そんな貴族のお仕事に来たわけでもないのである。
それなのに辺境伯からお迎えだとぉ? こっちの意図、解ってんのか?
「えっと、警戒してるのかな? 一応俺とテオはよく似てるって言われてるから大丈夫だと思ったんだけど。俺は本物のメッケル辺境伯の次男だよ」
「いえ、そこは疑っていません」
「そうなの?」
「はい」
「じゃぁ、メッケル城へ」
「行きません」
そこははっきりとお断りさせてもらう。
「ディータ様がメッケル辺境伯からどのようなお話を聞かされたかは存じ上げませんが、僕たちは辺境伯に会いに来たのではなく、このヴォータン主神殿に来ることが今回の目的です。辺境伯には僕らに構わなくていいとご連絡しています。ですから招待を受ける理由がありません」
僕の言葉をディータ様は咀嚼できてないのか、え? え? と繰り返し、僕とネーベルをかわるがわる見ている。
神殿に残っているのは僕とネーベル、イジー、リュディガー。イジーの護衛であるトロイエ。そしてゲルプだけで、他のメンバーはあらかじめ予約を入れていた宿屋に行ったようだ。
僕らはこのヴォータン主神殿がある街で二泊してから、再び王都に戻ることになっている。
「じゃぁ、宿に行こうか?」
「ちょ、ちょっ、待って」
嫌です。待ちません。
「アル~?」
こっちのやり取りを見ていたかのようなタイミングの良さで、テオが声を掛ける。
「テオっ! お前からも言ってくれ!」
ディータ様が助けを求めるようにテオに言うと、テオは何を言ってるんだと言いたげな顔をする。
「なにを?」
「なにをって、アルベルト様をメッケル城にご滞在するように……」
「なんで?」
「え?」
「なんで? 父上なにも言ってねーじゃん。母上も」
「いや、言っただろう?! 殿下方がメッケル領に来るって」
「それは言ってたけどさ、うちに招待するだとか、うちに滞在してもらうだとか、そんなことは一言もいってねーじゃん」
あ、やっぱりメッケル辺境伯の指示じゃないわけね。
おっけーおっけー、ディータ様の独断なら、お断りしても大丈夫。
「兄上、用事は終わりましたか? テオが、これから宿がある街を案内してくれるそうです」
なかなかやってこない僕らにしびれを切らしたのか、イジーも近づいてくる。
「まず一回、宿に入って荷物の整理をしてからだね。テオ、後は任せて大丈夫?」
「おう、アルたちの泊まる宿って、あそこだろう? 黄金の林檎亭」
「うん」
「あとで行くわ」
「待ってるよ」
テオにあとはお願いして、僕らはそこから離れる。
「イジー、明日から聖霊祭典があるんだって」
「屋台とか、有るでしょうか?」
「そこは、王都にあるのと同じじゃないかな? 明日テオと一緒に見て回ろう?」
「はい」
こんなふうにイジーと過ごせるのも、学園都市に通ってる間だけかと思うと、やっぱり少しだけ切なくなった。
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