第31話 恋にならなくても誠実であってほしい

 そう言えば、最近イジーはテオと一緒の行動が多かったから、こんなふうにゆっくり話すことがなかった。

 イジーがブルーメ嬢に気があるのでは? という不安は消えたけど、こういった話はちゃんとしたことなかったな。

「あのね、イジー」

「はい」

「ブルーメ嬢のことだけじゃなくってね、もしかしたら、これから似たようなことがあるかもしれない。そこは未来の話だから、絶対にないとは、言い切れないでしょう?」

「俺は父上のようなことはしたくありません」

 僕がなにをいわんとしているのか、イジーは気が付いたようで、国王陛下を引き合いに出す。

 アレはまた特殊というか、女神の介入もあっただろうからなぁ。

「それはみんな同じ。僕もしたくないし、ネーベルやリュディガーだってしたくないよ」

 ね? っと、ネーベルとリュディガーを見ると、二人とも黙って頷く。


「イジーは自分の立場をちゃんと自覚しているから、好きな人ができても、想うだけで終わらせてしまうのだろうなって思う。相手に好きだと告白したり、近づいて恋人同士みたいなお付き合いしたり、そんなことはしないで、遠くで見てるだけかな?」

「それは……、あるかもしれないです」

 気持ちの問題だから、イジーも頑なに、そんなことはないという否定はしなかった。

 そう、気持ちの問題だもんね。


「もしね、そうなったとき。つまりイジーに好きな人が出来たら、僕に教えてほしいんだ」

 僕がそう言うとイジーは珍しく驚きの表情を見せる。

「もちろん、イジーはヘッダと婚約してるんだから、優先するのはヘッダだよ? 婚約者を横において、好きな相手を探すとか見つけるとか、そんなことは許されないし、するんじゃないよって思ってる。僕が言いたいのは、そういうことではなく、この学園都市にいる間、いろんな人と交流していく中で、気になる女の子がいるなぁって、イジーが思った場合の話だ」

 そう、出会いなんていつどこであるかわからない。

 そしてその出会いで、心惹かれる人が現れることだってある。

 そうなった場合の話をしているのだ。


 僕の話を聞いてどう思ったのか、イジーがぽつりとつぶやいた。

「兄上と同じようなことをヘッダにも言われました」

 まさか……。

「学園都市に来る前に、ヘッダが王子宮にやってきて、言われたんです。もし王立学園で過ごしている間に、好きな人が出来たなら、隠さず教えてほしいと」

 ヘッダ……、なんか企んでいるんだろうなとは思っていたけど、そう来たか。

「イジーはなんて答えたの?」

「ヘッダと婚約した直後だったし、なんでそんな話になるんだと言いました。これからお互いをもっとよく知っていこうと言うのではなく、そんなことを言われてしまったので……」

「そうだねぇ。う~ん、ヘッダがそんなことを言い出した理由は、なんとなく、こうじゃないかな? っていう予想はつくんだけど……、先に確認しておくことがある」

 イジーはヘッダの気持ちを知りたかったみたいだけど、無理に自分の聞きたいことを聞きだそうとはしなかった。


「イジー、ヘッダのことはどう思ってる?」

「どう? ヘッダは婚約者です」

「う~ん、それは君たちの関係。僕が聞きたいのは、イジーの気持ち。ヘッダに対してどんな想いを持ってる?」

 そこで、イジーは少しだけ目を見開いて僕の顔を見る。

「昔は、ちょっと苦手だったよね? イジーはもともと女の子、特にぐいぐいくる女の子が苦手だった。ヘッダは闇雲にそういったことをしていたわけじゃないけど、知的好奇心が旺盛だったし、何でも一度は自分で体験したいってタイプだったから、圧倒されていたね?」

「はい」

「それから、僕らがお茶会に出席し始めた頃は、他の女の子に比べれば、だいぶ打ち解けていたかな? まだイジーの婚約の話が持ち上がってなかったけど、どう思った?」

「そう、ですね……。特別な意識は、なかったです。あの頃は……今もですけど、兄上たちと一緒に何かすることが楽しくって、異性としてヘッダを意識してはいませんでした」

「仲の良い友達、って感じだった?」

 頷くイジーに、僕もそうだろうなと思う。

 イジーもヘッダもお互い特別な意識はもってなかった。

「じゃぁ、今はどうだろう?」

「いま……」

「うん、仲の良い友達から、特別な女の子として、ドキッとしたり意識するようになった?」

 僕の言葉にイジーは考え込む。

「特別な、という意識は……、ないです」

「そっか」

「ダメなんでしょうか?」

「なにが?」

「婚約者であるヘッダに、特別な感情を持てないのは、ダメなんでしょうか?」

 真面目だなぁ。

 イジーはたぶん、今は同世代との交流、特にテオのような、冒険大好きな同性と一緒にあれこれするのが楽しい時期なんだろうなと思う。

 恋よりも、みんなでワイワイするのが楽しい。


 誰にでも一回はそんな時があるんじゃないだろうか? 男子だけではなく、女子も恋に夢中になるよりも、友達と一緒にいるときのほうが楽しいって時があると思う。

 イジーは、今はまだ、そんな時期なのかもしれない。

「ダメってことはないと思うよ? こんな言い方するのは良くないけれど、イジーの結婚はさ、結局のところ王家に利があるものだからね。ただね、ときめきがないからって、相手を蔑ろにしていいってわけじゃないでしょう? 政略ならなおのこと、相手とは友好な状態でいたいじゃない?」

「はい、それは、わかってます」

 愛って、いろんなものがあるからね。

 恋愛の愛もあれば、友愛の愛もあるし、家族愛、兄弟愛、相手を尊敬する敬愛とかさ。


「イジーとヘッダの間にどんな愛が芽生えるかはわからないけど、一つだけ、イジーには忘れないでいてもらいたいことがあるな」

「なんでしょうか?」

「ヘッダに対して誠実でいてほしいな」

 イジーには、ラノベにでてくる相手を貶めてざまぁをされてしまうような王子にはなってほしくない。

 恋にならなくても、婚約している相手を尊重してほしいと思った。

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