第2話 ヒロイン姉妹の事情

 しばらく僕を見つめていたオティーリエは、さっと顔を青くさせて、あの時のことを説明しはじめる。

「あ、あのっ! アルベルト様にすぐのご報告しなかったのは、わたくしはまだアンジェリカ様の信用を得ていなかったからです。アルベルト様を出し抜いて何かしようと企んでいたわけではありません」

「わかってるって。そんなに疑ってないから、落ち着いて」

 僕が疑っていないことをわかってくれたのか、小さく深呼吸を繰り返しオティーリエは話し始める。

「……もう少し彼女たちを知ってから、アルベルト様にお話ししようと思ったのです」

「うん」

「アンジェリカ様の異母妹、ハイデマリー・ブルーメのことをご説明させてください」

 そう言ってオティーリエはブルーメ嬢の異母妹の話を始めた。

「『しいでき』にでてきたハイデマリーというのは、アンジェリカ様の異母妹の本名ではありませんでした。本名はイヴ。イヴ・アンラーゲ。わたくしたちと一緒のクラスです」

 灯台下暗し。そんな近くにいたのか。しかもオティーリエが知っている名前ではないみたいだし、それじゃぁ気が付かないのも仕方がないか。

「アンラーゲは、イヴのお母様の結婚前の家名です」

「家名があるってことは貴族ってことだよね?」

「はい、それがどうも複雑なようで……」


 まずイヴ・アンラーゲ嬢の母親は、騎士爵の娘だった。

 そしてその騎士爵である祖父は、元をたどれば男爵家の次男なのだそうだ。ルーツは貴族ではあるが、跡継ぎではないため騎士となって、騎士爵を得た男の娘。

 それがイヴ・アンラーゲ嬢の母親、フィーア・アンラーゲである。

 アンジェリカ・ブルーメ嬢の父親とは学生時代からの仲で、ブルーメ女伯が亡くなるや否や、父親は愛人とその間に出来た娘を引き取った。

 その際、イヴ・アンラーゲという名前から、ハイデマリー・ブルーメに改名させられそうになったのを本人が拒否したそうだ。


 イヴというのは平民ではよく付けられる名前である。この世界でイヴというのは、昔は『娘』とか、『少女』とか、そう言った意味で使われ、それが名前として使われるようになった流れがある。

 フィーア・アンラーゲも貴族の血筋ではあるが、育ちは平民のそれと同じ。娘の名前も特に何かこだわることなく、ありきたりの名前を付けたに違いない。

 ところが女伯は亡くなり事態は一変した。

 女伯が亡くなり伯爵となった(実際は代理)男の後妻になって、貴族の仲間入りだ。

 その際、ブルーメ伯爵代理と後妻となったフィーアは気が付いたのだろう。


 憎きブルーメ女伯の子供は『アンジェリカ』という貴族の令嬢らしい名前を付けられているのに対し、自分たちの娘はどこにでもある『イヴ』という平凡な名前であることに。


 そこで引き取ったのを機会に、貴族らしい名前に改名させようとしたのだが、本人がその名前は自分の名前ではないと、改名を頑なに拒んだ。ついでにブルーメ伯爵代理の籍にはいることも拒んだ。

 イヴ・アンラーゲ嬢は役所に届けられている名前と、対外用の名前が二つある状態で、ブルーメ伯爵代理に引き取られてからは、貴族の子女との付き合いで無理やりハイデマリー・ブルーメの名を使わされていたけれど、学園都市に来てからは、親が傍にいないことを逆手にとって、本名を名乗ることにしたそうだ。

 なんというか、半分でも血の繋がりがあると言うのに、この差はいったい何なのか。

「イヴも『しいでき』に出てくる異母妹とは全く違います。実は、アンジェリカ様の婚約者を略奪するのはイヴ……ハイデマリーなのですが、イヴはアンジェリカ様の婚約者を毛嫌いしてます」

 フィッシャーのこと、クソ野郎呼ばわりだもんなぁ。

「アンジェリカ様の婚約者に手を出しているのは、婚約者の幼馴染みのようですし……」

「それはイヴ・アンラーゲ嬢が、その役回りを放棄したからじゃない? だからフィッシャーの幼馴染が、本来ハイデマリー・ブルーメ嬢がするはずだった役に当てはめられた」

「そう、でしょうか……。いえ、そうですね。もとからこの世界は、私が知っている世界とは全く違います」

「でも僕とイジーのざまぁフラグは立っているよ。目に見えて起こったことは、僕が六歳のころだったけれど、今もその片鱗がそこそこ出ているでしょう?」

「そうでしたね。アルベルト様は『しいでき』の内容はご存じではないはずなのに、関係者とは接触している状態ですからね」

「関係者? もしかして、テオのこと?」

「いえ? どうしてあの従兄弟の話になるのですか。ともかく、違います。ルイーザ先輩の婚約者である、ウルリッヒ・ベーム先輩と、いつぞやお昼に食堂へ連れてきたフランツ・ゾマーです」

 ん? あの二人がどうした?


「ウルリッヒ・ベームは、リューゲン王太子の護衛騎士となる人物で、フランツ・ゾマーはリューゲン王太子の側近になる人物でした。ほかにも数人いるのですけれど、今現在、アルベルト様と関わった、といっていいのかしら? ともかく接触……したのはフランツ・ゾマーだけですわね。認識している人物はこの二名だけですので、本来この二人とどのような関りであったかお話ししておきます」

 え? は? どういうこと?

「ちょ、ちょっと待って」

「どうかしましたか?」

「ベーム先輩とゾマーって、元のラノベに出て来てた人物だったの?」

「はい。それから、ヘドヴィック様、ヒルト様、そしてネーベル様は、元の話には一切登場していませんでした。ついでにイグナーツ殿下の側近であるリュディガー様もです」

 リュディガーは分かるよ。誘拐事件が起きて、そこから彼は、本来と違う道を歩き出してしまっている。僕がそうなるように周囲の人たちに頼んだからだ。

 だから、なのか?

 この世界はオティーリエを主役にさせようと女神がちょっかい出している世界だ。

 元の世界では断罪されるオティーリエを正しいヒロインにさせようとしていることは、本来の主人公や主人公の仲間や友人となるべき人物たちが、おかしな方向にゆがめられているのかもしれない。

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