王子様の学園生活(二年生)

第1話 二年生になりました

 僕らが二年に進級したということは、新入生が入学したということである。

 下学部はクラス替えがなくてそのまま持ち上がりなので、クラスメイトの顔ぶれも変わることはない。


 学年が上がって数日が過ぎた放課後、オティーリエが話がしたいと僕らのクラスにやってきた。

 ネーベルとヒルトも一緒にいてほしいと言うので、学舎内にある庭園で話すことになった。

「お時間を頂きありがとうございます」

 気のせいか、オティーリエはなんだか疲れたような顔をしていた。

「かしこまらないでいいよ。何かあった?」

「いろいろご報告することがあります」

「例のドアマットヒロイン?」

 そう訊ねると静かに頷く。

「イジーと同じクラスなんだよね?」

「……はい、あの、隠していたというわけではなくって」

「大丈夫。そこはオティーリエに教えてもらう前に、僕が調べておかなきゃいけないことだったとおもってるから。報告されなかったからって、オティーリエがざまぁを企んでるなんて疑ったりはしていないよ」

「しません!!」

 あ、地雷、踏んじゃったかな?

「ごめん、配慮してない言い方だった」

「いえ……、わたくしが過剰に反応し過ぎているせいです。こちらこそ申し訳ありません」

 オティーリエはそう言って、深く深呼吸をしてから話し始めた。


 例のドアマットヒロインこと、アンジェリカ・ブルーメ嬢は原作通りの令嬢のようだ。むしろ原作よりもコミュ障が激しいようで、あの性格では女伯としてやっていくには不安だらけらしい。

 だけど、コミュ障になったのはやはり家庭環境も起因しているし、何よりも親に虐待されているのだから、心因的な外傷、トラウマが出来てしまっても仕方がないだろう。

「でもさ、だからこそ『ヒロイン』だったんじゃない?」

「どういうことでしょうか?」

「原作では彼女は助けてくれた王太子に溺愛されるんでしょう? それでもって未来の王妃になるわけじゃない? ブルーメ伯爵家どうなった?」

 言われてみれば確かにといった顔をする。

「童話のシンデレラは、実家の惨状が書かれている場合もあったけど、義母と義姉たちに罰をあたえられたって描写のみで、家そのものがどうなったかは書かれてない。これは童話だったから、だと思うんだよ。話を読む年齢層が低かったから、良いものは幸せになって、悪いものは成敗されておしまいで済まされた。でもライトノベルはそうじゃないよね。特にざまぁものとかはさ」

 求められているのは、ヒロインを虐げた者たちのざまぁだ。そこを書かないと、まぁすごいことすごいこと。感想欄がなんでざまぁがないんだってにぎやかになること請け合いだ。

「その辺のことは詳しく書かれていませんでした」

 作者が書く気がなかったか。もしくは、オティーリエの前世である『彼女』が読んでいなかった第四章で、再登場してくるはずだったか。

「フィクションに現実的な視点を入れたくなかったのかもね。でもここは現実世界だし、ブルーメ伯爵が潰れたら、ブルーメ嬢がイジーの正妃になることは無理だ」


 ラノベなんかではよく身分の低い令嬢を高位貴族の養子に入れて、王子様と結ばれました、にさせるけど……、それが通じるのは側妃・愛妾の立場ならだ。

 一国の王子の正妃、いずれは王妃となる人物なのだから、やはり血統が重視される。養子の正妃というのは、どれだけ容姿に優れて頭脳明晰であろうとも、欠点や瑕疵にされるのだ。そしてそこが一番の弱点になるから、正妃を狙ってる家門はそこを必ずついてくる。

 もしかしたら、オティーリエの知らない第四章は、その辺のことが書かれる予定だったのかもしれない。

「それで、ブルーメ嬢は伯爵になる気があるの? それとも、コミュ障のふりして、何もかも放り投げて、どこかの国に逃亡予定?」

「逃亡っ?!」

「ないとは言い切れないでしょう?」

 驚いた声をあげるオティーリエにそう言ったら、オティーリエは考え込むように黙り込んでしまう。

 ブルーメ嬢が本当にコミュ障で、外からの助けを待っているだけの令嬢ならば、僕の考えは杞憂だろうけれど、でも、う~ん、コミュ障はともかく、将来伯爵になる子が、誰かに何かをしてもらうことを待ってるだけっていうのは、どうなんだ?

「アルベルト様、アンジェリカ様はたしかに対人関係はうまくできないご令嬢ですが、芯はしっかりしている方です。自分の責務を放り投げて逃亡するということはありません」

 なら逃亡の可能性はないって事かな?

「逃亡はなくても……」

 諸外国の王位継承権を持つ王族が、ブルーメ嬢に恋をして自分の花嫁に望むという流れもありうるな。その場合、自分の妃となるブルーメ嬢を助けなかったとか難癖付けられて、ラーヴェ王国を潰す画策されなきゃいいけど。


「どうされましたか?」

「いや、これこそ杞憂だから何でもない。じゃぁアンジェリカ嬢が、前に僕等がいた世界から異世界転生したっていう要素もなし?」

「ないです。あるとしても、玉の輿狙いということはないと思われます。それから、アンジェリカ様の異母妹も、同じです」

 あー、あの子。

 欲しい欲しい、ずるいずるい言って、異母姉の物を何でもかんでも強奪する異母妹ではなさそうではあったよね。

「思っていた通りの令嬢ではありませんでした」

「……ヘッダから何も聞いてない?」

「なんでしょうか?」

「去年言い合ってるところ見ちゃった」

「去年……、あっ。もしかして、学園祭の」

「そう学園祭の準備期間の時に、ブルーメ嬢の婚約者がイジーのクラスで騒いだことがあったでしょう?」

 そのあとブルーメ嬢の婚約者を僕らが連れて行った話は、たぶんオティーリエも耳にしているのではないだろうか?

「あの後、オティーリエがブルーメ姉妹とあともう一人女の子を交えて話してるところをね。見ちゃった」

 僕がそう告げるとオティーリエは目を見開いて、僕を見つめた。

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