第35話 いつかを夢見て
フィッシャーがどこまで理解してくれたのかは不明だけど、これでしばらくイジーたちの教室にやってきて学園祭の邪魔をすることはなかろう。
あ、そう言えば、ドアマットヒロインの婚約者なんだし、異母妹のこと聞いておけばよかった。
お弁当を食べ終わったあと、クルトは台本にかじりついてるテオを連れて早々に帰寮した。
う~ん、テオってば、意地でもセリフを暗記して、イジーのサポートを受ける気がないみたいだな。普段自分がイジーのこと揶揄ってるから、世話になりたくないとかそう考えてるんだろうか?
僕らは少し寄り道して帰ろうということになって、ついでだから学舎内の図書館で出された課題を少しやっていくことにしたのだ。
一度教室に戻ってカバンをとってきてから、待ち合わせ場所に向かってる途中に、話し声が聞こえてきた。
「だから私は言ったのよ!! あんなクソの役にも立たない男をいつまで婚約者に据えておくつもりなのかって!!」
うおっ! なんぞ、その強烈なセリフは。
思わずネーベルと顔を見合わせて、こそこそと茂みに隠れて、話し声がしたほうを覗き見る。
そこにいたのは、イジーの教室にいたあのちょっと冴えない感じの灰色の髪の女生徒、アンジェリカ・ブルーメの他に、もう三人、女生徒がいた。
一人は白茶の髪の女の子で、きっとこの子がさっき怒鳴っていた子。
「おやめなさい、ハイデマリー」
仲裁に入ったのはオティーリエだった。え? どういうこと?
「その名前で呼ばないで!! 私はそんな気取った名前じゃない!」
「ごめんなさい、イヴ。わたくしの失言だったわ。謝るから、そんなに興奮しないでちょうだい」
オティーリエが取り成すようにそう言うと、白茶の髪の子は肩で息をしながら、琥珀色の瞳をアンジェリカ・ブルーメに向ける。
「こんなことぐらいで、いつまでもめそめそしてるんじゃないわよ! あんたあのクソ野郎に侮られてるのよ! あんなのをブルーメ家に入れたら、食い物にされて潰れるのが目に見えてるでしょう! 守るべき家の為に動く気がないわけ?! ブルーメ家を潰したいの?!」
「イヴ。アンジェリカの婚約は、亡くなったブルーメ女伯がお決めになったことなのよ。簡単に解消なんてできないの」
今度はダークブラウンの髪に眼鏡をかけた少女が止める。
「お父様も私のお母様も底辺のクズだけど、お姉様のお母様はそれを上回る最低な人ね。人を見る目がないわ。よく女伯なんてできたわね」
「イヴ、いい加減になさい」
「いやよ」
「なら言葉を選びなさい。貴女のその言い方は、アンジェリカ様を余計に傷つけるだけだわ」
オティーリエの言葉にイヴと呼ばれた白茶の髪の子は、顔を思いっきりしかめる。
「だって、本当のことじゃない。取り残される娘の幸せのために何かを残すのではなく、不幸にさせる婚約を交わすなんて、当主としての才覚があったかどうかも疑わしいわ」
うう~ん、これはこれ以上僕らが聞いてはいけないような会話ではなかろうか? と思っていた時に背後からぽんと肩を叩かれ、僕もネーベルも咄嗟に自分の口を両手で塞いで、悲鳴を阻止する。
振り返るとそこにはヘッダがいた。ジェスチャーでこの場から離れることを合図され、僕らはそこから退散する。
あの場所からかなり遠ざかってから、ヘッダがにこにこ笑いながら告げる。
「言いたいことはたくさんあると思いますけれど、しばらくオリー様にお任せくださいな」
オティーリエを信用しているんだろうな。ヘッダの口調には迷いがない。
「あのアンジェリカ・ブルーメ嬢の件は、オリー様がご自分で処理しなければいけませんもの。オリー様は夢見がちでどうしようもない甘々ちゃんでしたけれど、ちゃんと成長なさっていましてよ? そのうちアルベルト様にご報告にまいりますから、それまでお持ちになって?」
「いいよ。ヘッダはオティーリエの傍にいなくていいの?」
「えぇ、大丈夫ですわ」
「ならこれから図書館でイジーと課題やるからヘッダも来る?」
「ご一緒させていただきます」
ヘッダは、ご機嫌な様子で、僕らと一緒に歩き出す。
「そういえば、ヘッダたちのクラスは何をやるの?」
「わたくしたちのクラスは、クズ魔石を使ったアミュレットを作って、展示と販売をいたしますわ」
うわ! それは盲点だった!!
「クズ魔石はどこで仕入れたの?」
「ショップ街の雑貨屋さんですわ。一回目のクラス会議で、アミュレットづくりをするなら、雑貨屋さんには早めに打診しないと間に合わないだろうと言うことになりまして」
そうだよなぁ。準備期間もだけど、そう言った部品購入するには、取り寄せにも時間がかかるもんな。
「アルベルト様のところは、展示物の販売はされませんの?」
「んー、ヘッダたちのクラスと違って、売り物として作成はしてないからね。売り物として考えてたなら、もうちょっと精巧に作らなきゃいけないだろうし」
気を張りすぎるとうまくいかない場合もある。
「楽しいですわね。魔術塔ではなく王立学園に来てよかったですわ」
そうだった。ヘッダは王立学園ではなく魔術塔に行く可能性もあったんだ。
王立学園に来たのは、イジーと婚約を結んだから、婚約者としての交流をするためだ。
「ヘッダ」
「なんでしょう?」
「イジーの婚約者、やめたい?」
僕の問いかけにヘッダは笑顔を浮かべる。
「ご心配なさらないでくださいませ。全部納得済みですわ」
「……」
「そのような顔をなさらないでくださいな。わたくし、やりたくないことは、たとえ親や国王陛下に命令されたとしても、絶対にいたしませんわよ」
だろうね。それがどんなに困難なことであったとしても、ヘッダは自分の我を通してやりたいように生きるだろう。
「いつかまた、あの時のようにフルフトバールで魔獣狩りをいたしましょうね? 今度はイグナーツ様や、リュディガー様もご一緒ですわよ」
何処までも楽し気にヘッダは未来を語る。
いつか、ね。イジーがフルフトバールで魔獣を狩れるとしたら、その時は次代に王位を譲ったときだけど、それを言葉に出して告げるのは無粋というものだ。
ヘッダだってそれぐらいわかっている。わかっているからこそ、そう言ったのだ。
「そうだね。いつか、みんなでフルフトバールの魔獣を狩ろう」
遠い先のいつかを夢見るぐらい、いいじゃないか。
「約束ですわよ」
そう言ってヘッダは、屈託のない笑顔を浮かべた。
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