第33話 何故、婚約者よりも幼馴染みを優先するのか

 ちょっとつつかれただけで、幼馴染みの言うことを信じられなくなるなんて、フィッシャーもなんだか変な子だ。

「フィッシャー、さっきから黙ってるけど、大丈夫?」

「あ、はい。だい、じょうぶ、です」

 いやいや、まったく大丈夫じゃなかろうよ。

「幼馴染みに持ち上げられて、意気揚々とブルーメ嬢を糾弾したけど、アルベルト様たちの話を聞いて自信が揺らいでるって感じですねー」

 クルトよ、そういうことは分かってても言わないの。

「自分の婚約者に近づくなっていうのは、真っ当なことだと思うよ? でもそれが、酷いことって捉えられたってことは、言い方の問題かな?」

「でも、ブルーメ嬢がフィッシャーの幼馴染みに、キツい言い方をしたって言うのは、信じられないです」

 リュディガーがきっぱりと否定する。

「アルベルト様とネーベル以外、みんなブルーメ嬢と同じクラスなんですよ。おれはイグナーツ様に言われなければ、ブルーメ嬢が、対人関係がうまくできない人だって言うのには気が付きませんでした。でも、それを抜きにしても、人目がないところで誰かを貶めるような、そんなことをする人には見えません」

「フィッシャーは婚約者だから僕らよりもブルーメ嬢のことをよく知ってるんじゃないの? だから、クラスメイトのイジーたちが知らないブルーメ嬢のことも知ってるんじゃない?」

 僕がそう言うとフィッシャーは俯いてしまう。

 なんでそこで黙って俯いちゃうんだよ。それは婚約者のこと知りませんって言ってるようなものだよ? 違うでしょう? そこは、婚約者はこういう人ですって僕らに言うところでしょう?

 

「フィッシャー。なんでもいいから、今、自分の考えてることを口に出して言ってごらん?」

「え?」

「自分の中で言いたいこと溜めて、それに誰も答えてくれないとね、何が正しくて何が間違ってるのか、どんどんわからなくなっていくよ。それでさ、自分でこれは正しくない間違ってるってちゃんとわかってるのに、そこから目をそらしてもっと悪い方向へ進んでいっちゃうんだよね。だから、自分は間違っていないっていうのでもいいから話してごらんよ」

 まぁ、今日あったばかりの相手に話すわけないだろうけれどね。

「婚約者だけどアンジェリカのことはよく知りません」

 話すんかーい!! チョロすぎるよ、フィッシャー。そんなんだから略奪女に目を付けられるんだぞ?

「でも、ミュルテは小さなころからの付き合いだから、良く知ってる」

「信用が置けるのは幼馴染みの方だって事かな?」

「し、信用というか……、嘘を言う子じゃないってことです。ミュルテは引っ込み思案で人見知りが激しくって、気弱な性格で、それに心の優しい子だから」

 僕らは互い互いに視線で、どう思う? どう見たって略奪女の猫かぶりだろうって、会話をするけど、これをそのままフィッシャーに言っても、絶対信じないと思うんだよ。

 仕方がない、攻め方を変えるか。

「あのさぁフィッシャー。君とブルーメ嬢の婚約って、どんな感じのものなの? 彼女ブルーメ伯爵家の跡取りでしょう? つまり君が婿入りするんだよね?」

 前伯爵は女伯だから、ブルーメ嬢が跡取りなのは、絶対なんだと思うんだよ。だからフィッシャーが婿養子になって伯爵になるってことはないと思う。

「え、は、そうです」

「フィッシャー。君……、自分の現状のまずさに気が付いてる?」

「え?」

「あのね、君は将来的にブルーメ嬢と結婚するんだよね? 婚約者っていうのは婚姻を結ぶ前提の関係なんだから。そこはちゃんと理解してるよね?」

「それぐらい、わかってます」

「なら、なんでよくわかってない婚約者をわかるための交流をしないで、幼馴染みを優先してるの?」

「そ、それは俺以外にミュルテが頼れるものはいないから」

「それだよ、それ」

「え?」

「君の幼馴染みが君以外に頼るものがいない。だから何かがあると幼馴染みを優先するんでしょう? 幼馴染みを優先しまくって、婚約者をなおざりにしてるから、君はいまだに婚約者のことをよく知らない。違う?」

 違うと否定の声は上がらなかった。そこはフィッシャーも自覚していたのだろう。

「ねぇ、これ自分に置き換えて考えてみようか? ブルーメ嬢と婚約者として交流をしようとすると、ブルーメ嬢の幼馴染みが、困ったことが起きたから助けてーと言ってくるんだ。そして君との約束事なんかは全部キャンセルになる。一回二回じゃなくって、もう毎回毎回キャンセルになるんだよ。君はご両親から、ちゃんとブルーメ嬢とお出掛けしないのはなんで? ちゃんと婚約者としての交流を図りなさいと言われる。君はそうしたいし、そうしようとするけれど、でも実際はその幼馴染みのせいで交流はままならない。ねぇどう思う?」

「そ、それは、アンジェリカに注意を……」

「うん、注意するよね? 婚約者の自覚をもってくれないか? 自分以外の男と仲良くしてるのはおかしいだろうって」

 頷くフィッシャーだけど、顔色が悪い。

 同じことやってるんだろうな。幼馴染みとの付き合いを優先して、ブルーメ嬢を放置してるんだろう。

 でも、ブルーメ嬢からは何も言ってこないに違いない。イジーが言う通りの子なら、対人が得意じゃないだろうから、婚約者に抗議する気力というか気概がないのだろう。

「でもさ、ブルーメ嬢は君にこう言うんだよ。悪気はないんだって。幼馴染みは自分以外に頼れる人がいないのに、どうしてそんなひどいこと言うの? 貴方がそんな冷たい人だとは思わなかったって」

 ぐっと、フィッシャーの喉が鳴る。あ、似たようなこと言ったんだ? やべーな。

「ブルーメ嬢に注意しても、埒が明かない。その場合、どうする? 放っておくのはなしだよ? だって両親からちゃんと交流しなさいって言われてるんだもの」

「そ、その場合はアンジェリカの幼馴染みに抗議します」

「だよねー。そうするよね? つまりそう言うことだよ。ブルーメ嬢も同じだったんじゃないの? フィッシャーに言っても埒が明かないから、君の幼馴染みのほうに言ったんじゃない?」

 こんなこと言ってるけど、僕の予想としては、ブルーメ嬢はきっと、そう言った抗議さえもしてないと思うけどね。

「だ、だけど、そうだとしても、ミュルテを泣かすような言い方をする必要は……」

 その場面を見たわけじゃないだろに、泣かすような言い方をしたって決めつけちゃうんだ。

 フィッシャーって、婚約している自覚がないのだろうか?


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