第31話 学園祭は準備期間もお祭りのようだ
結局、学園祭のクラス出し物は、展示物に決まった。
タペストリーの一枚絵で、シュラート物語のエピソードの一つを一枚一枚描くことにしたのだ。
取り上げたエピソードは、英雄シュラートが恋仲となったローゼ姫をドラゴンに攫われて取り戻すものだ。タペストリーは四十枚、一人一枚仕上げていこうということになった。
下絵を絵心のある人に担当してもらって、英雄シュラートやローザ姫の髪の色や瞳の色、そして衣装の色はあらかじめ決めて、揃えて色を使っていくことにした。
そしてそれだけでは味気ないので、男子は石膏粘土でシュラートの盾や剣を工作し、女子はシュラートの衣装とローザ姫のドレスを作ってトルソーで飾ろうということになった。
学園祭なのに地味? 平凡? でもさぁ、一部の人間ばかりが張り切るようなお祭りはつまらないよ? 展示品だってさ、テーマを決めて、協力して作っていく過程に意味があると思うんだよ。
それに見張りと受付で教室に残る組と、学園祭を見回る組とのローテがしやすいと思わない?
学園祭の準備期間に入り、その期間の授業は免除。代わりに課題は出るけど、そんなに多い量じゃない。何なら展示品の制作の合間に、ちょこっとやっていてもいい。
ひと月の準備期間があるから、みんな展示品を丁寧に仕上げて、下校時間まで作業していく。
準備期間中の登校時間は午前中までだけど、学舎の食堂も開いているので、食堂でお昼を済ませてから下校していく生徒が大半だ。中には外の飲食街で食事をしていく生徒もいる。
僕らはいつも通り、シルトたちにお弁当を持ってきてもらって、空き室をリザーブしてお昼を済ませることにした。寮に戻って支度してもらうのもなんだか手間をかけてしまう気がしたんだ。だからいつもと同じにしてもらったのだ。
お昼時間、イジーとテオを呼びに、二人の教室に訪れたら何やら人垣ができて騒がしい。
「どうしたの?」
人垣の後ろにいる人に声を掛ける。
「いや、なんかよくわからないんだよ。ローズの生徒がいきなりやってきて、怒鳴り散らしはじめてさ」
どういうこっちゃ。
「いいかげんに、しろー!!」
お? テオの声。
「そーいうことは、休日のプライベートの時間でやれ!! 今は学校! しかも学園祭の準備中だってぇの!! セリフ練習を妨害して、ごちゃごちゃ言いやがって!! せっかく覚えたセリフが頭から抜けるだろうが!! ざっけんな!」
「なっ、き、君には関係」
「お前もうちのクラスに関係ねーだろうが!! ローズの生徒だったよな! お前のクラスに厳重抗議するわ! おぼえてろよな!!」
おぉ、負け犬の遠吠えな『おぼえてろ!』セリフが、真っ当な意味で使われてるぞ?
人垣をかき分けて、教室の中に入る。
教室の中央には、イジーとテオと見慣れない男子生徒。それから……女生徒。
何かがあったのは確実だけど、僕はあえて空気を読まず声を掛けた。
「イジー、テオー、迎えに来たよ。何やってんの?」
声を掛けると中央にいた全員が僕を見る。
「兄上!」
表情が崩れないイジーが、ぱぁっと明るい声をだす。と同時に、僕の傍にいた生徒がずささささーっと離れていく。なんだい、失礼な態度だなぁ。
「今行きます」
イジーはそう言うと、テオと言い合っていただろう男子生徒の腕をおもむろにつかむと、僕のほうへとやってくる。
「んー、その子も一緒?」
「はい、ここで放置するのは……」
ちらりと女生徒に視線を向けて、すぐ僕へと戻してから話を続ける。
「他に危害が向きそうなので、連れていきます」
ほうほう、何やら訳ありなのね。
まぁ、ガーベルが作るお弁当は、量も多いから大丈夫でしょう。
いつものリザーブした教室にやってきて、シルトとランツェがセッティングしてくれたお弁当を広げることにした。
「イジーたちは劇をやるんだっけ?」
「黒騎士物語です」
僕の問いかけに心なしかイジーは楽しそうで、逆にテオはブスッとしている。
黒騎士物語は、シュラート物語によく似てる話だけど、シュラート物語よりも恋愛色が強めの話だ。
国一番の強さを誇る黒騎士が、武勲を立てた褒賞として、国王の末の姫君をお嫁さんにして、領地を下賜され、領地開拓をしていく物語。
可愛くて賢いお姫様に振り回されながらも、お姫様をつけ狙う悪党を成敗するというもので、『黒騎士物語』というタイトルの割には女性層の愛読者が多い。
「それで、なんでテオは不機嫌なの?」
「主役の黒騎士役になったからですよ」
のほほんとした口調でクルトが答える。
「すごいじゃないか」
「すごくねーよ! なんで俺なんだよ! 主役ならイジーにさせろよ!」
「でも黒騎士物語って、その名の通り黒髪の騎士様だろう? イジーのまばゆいばかりの黄金の髪はイメージに合わないよねえ?」
僕の言葉にイジーはこくこくと頷く。
「テオ様はバカではないけれど、好きなもの以外は、とことんいい加減になりますからね。セリフの暗記が心許ないので、そこをイグナーツ様にカバーしてもらうことになりました」
「ん? イジーも舞台に上がるの?」
「いいえ、俺は黒子として舞台セットの陰に潜んで、テオがセリフを忘れた時に教える係です」
良いポジションとったね。
「クルトとリュディガーは?」
「僕は舞台袖での進行役です」
「セット係です」
見事にばらけたね。
そっかーテオが主役かぁ。
「舞台、見に行くね?」
笑顔でそう言ったら、テオは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「来るな!」
「やだよぉ、こんな面白そうな舞台、見逃すわけないでしょう?」
またしてもふくれっ面を見せるテオに、みんな笑いを抑えることができなかった。
「それでー、君は? 何やらかしてテオを怒らせたの?」
イジーに連れられてやってきた男子生徒は、先ほどから借りてきた猫のようになっていた。
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