第30話 会議は踊る
寮の門限があるので、ルイーザ先輩たちはお茶を一杯飲むと早々に帰って行ってしまった。ここ下学部に近いショップ街だから、上学部の寮からは離れてるもんな。
そしてルイーザ先輩と別れた後、テオが何か言いたげに僕を見ている。
「なに?」
「剣術大会!!」
こういった場合、7・8の割合でクルトはテオを止めない。従者とは! 側近とは!
テオの言葉にイジーもそわそわしてるけど、リュディガーがイジーの腕をつかんで何度も首を横に振ってる。その意気だ。真の側近は主を諫めるものであれ! NOを言えるものこそが真の忠臣である!
「アル~!!」
「出ればいいじゃないか。僕に言わなくったって、君が出たいなら君が出ればいいよ」
「個人戦は当然出る! 腕試しにちょうどいい! でも団体戦にも出たい! アルも出ようぜ!!」
「い・や・だ!」
「なんでだよぉ~! 団体戦一緒に出ようぜ! イジーも一緒にさぁ!」
「イジーを巻き込むな! だいたいそんな大会に僕とイジーが出てみろ。忖度されるに決まってるでしょ」
僕の言葉に、そわそわしていたイジーがはっとなって固まってしまった。
イジー、ごめーん! でも、普通に許可は出ないと思うよ? 発表されていないとはいえ、イジーは王太子になるし、王宮の侍従たちは王太子に何かあったらどうするんだって許可しないからね。
冬休みに手合わせするから、それで我慢して!
「剣術大会よりも、学園祭のほうが先だよ。ルイーザ先輩にアドバイス貰ったんだから、ちゃんとクラスでの模擬店考えないとね」
テオは口をとがらせてぶうぶうと文句をこぼすけど、優先順位があるでしょう。
本当にこの子は、剣術バカなんだから!
そしてルイーザ先輩の助言を有り難いと実感したのは、学園祭のクラス会議が始まったときだった。
どこで聞いたのか、メイド・執事喫茶をやりたいという声が上がったのだ。
上の兄弟からの話を聞いたのか、以前兄弟の学園祭に参加したら、こういう模擬店があってやってみたいと、話を持ち出したグループだけが盛り上がり、他の生徒はあまり乗り気ではない様子で、やっぱり会議は紛糾した。
「何でそんな使用人の真似事をしなきゃいけないんだよ!」
「それは差別でしょう!」
「何が差別だよ。教室の掃除当番をさぼってる奴が、そんなこと言っても説得力がないよ」
「なっ! ちゃんとやってるわ!」
「アルベルト様が同じ当番になったときは、だろう?」
「普段は面倒だとか、こんなこと貴族の自分がすることじゃないだとか言ってるわよね?」
「そ、そんなことはないわよ!」
「そうよ! ちゃんとやってるじゃない!」
「それは、簡単な作業をでしょう? 焼却炉へのゴミ捨てだとか、床掃除だとか、そう言ったことはしてないじゃない」
おっ、だんだん学園祭の出し物から、学級問題にずれてきてるぞ?
「っていうか、貴女たちは、単にアルベルト様に執事の格好をさせたいだけでしょう?」
え?
「アルベルト様が寛容だからって甘えすぎだろう」
僕? 僕に飛び火した?
実行委員の子とクラス委員の子が、言い合いしている子たちを止めているけれど、もう制止の声が聞こえないのか、ギャーギャーと罵り合いに発展する始末。
ふむ、僕が原因なら、仕方がないよね。
立ち上がってパンと柏手を打つように手を叩くと、教室内がシーンと静まり返った。
「みんな、一度落ち着こうか」
こちらに注目するみんなに、言い聞かせるように話す。
「まず今は学園祭の出し物を決める会議だよ? クラス問題はほかの学級会議の時にやろうね? それから、学園祭の注意事項、初日にツァールト先生が言っていたことは覚えているかな?」
僕の話に、みんな近くの席の子と顔を見合わせたりしている。
こりゃあ、忘れてるな。
「実行委員、僕が言うことを黒板に書き写して」
「はい!」
実行委員がチョークをもって黒板の前に立つ。
「一つ目、学園祭の飲食系とホラーハウス系の模擬店には、被り防止のために枠が決まっているということ。二つ目、枠は抽選式だから、必ずしもシュタム会の会議に提出した模擬店ができるとは限らないということ。三つ目、一部の生徒ばかりに負担がかかるようなものにしないこと」
僕が言ったことが黒板に書き写される。
「これはこの間、上学部の先輩に聞いた話なんだけどね、みんなは料理を作ったことがあるのかな? ちなみに僕はないよ」
やはり貴族の子女が大半を占める中、自ら料理をしたと言える子はいない。
「わ、私は手伝いなら……」
そう言ったのは、神殿の推薦で入学した子だった。
「わぁ、すごいね。でも一人で最初から最後まで作ったことはあるかな?」
そう訊ねるとぶんぶんと首を横に振られる。
「たぶんここにいるみんなは、自分で料理したこともないし、その料理を食べたこともないと思う。ねぇ、みんなはさ、一度も料理を作ったことがない人が作ったものを口に入れたい? 料理というちゃんとしたものだけではなく、クッキーやマフィンといった菓子類もだよ?」
するとざわざわとし始める。
「先輩が言うには、料理を作ったことがない人の作った食べ物は、美味しくないって言うんだ。今から練習するにしても時間が足りないと思う。それから、学園祭は三日間あるんだ。まず何を作る? それを保管する場所は? 材料費の問題もあるよ? それから調理する場所。飲食系の模擬店は他にもやりたいと言ってくるクラスもあるから、そういったところとの被りは、トラブルの原因にもなる。それらの問題をどう解決するか、案はあるかな?」
当たり前の懸念材料なんだけど、喫茶店をやりたいと言ってきた生徒は、きらびやかなところだけを見て、この手の問題があることを考えていなかったようだ。
「今日はどんな模擬店にするかという会議だから、候補として喫茶店を一つだしておこうか? 言い出した人は、喫茶店をやるにあたって、問題点の洗い出しと対策案を次の会議までに考えておくと言うのはどうかな?」
実行委員が黒板に、模擬店候補として喫茶店と書き、問題点多数と対策案が必要と書きこんでいく。
「それから、さっきも言ったけど飲食系の模擬店は枠が決まってるから、それ以外の候補を出していこうよ。言い出しっぺの僕からの提案として、僕はみんなで展示物を作ったらどうかなと思う。どんな展示物にするかはみんなの意見を聞いて決めたいな。他に何かやりたいことがあったら、どんどん案を出していって」
そう告げてから椅子に座る。なんとか落ち着いたかな?
僕が最初の案を出すのをきっかけに次々と、案を出してくれるようになった。
とりあえず、一安心。
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