第23話 親友カップルの昔話

「アルベルト様、のろけてもいいですか?」

「唐突なのろけ宣誓? べつにいいけど」

 でも僕に言うんじゃなくって、本人に言ってあげたほうがいいと思うんだけどなぁ。

「ウリケルと最初にあったとき、あんな可愛い子が、将来お嫁さんになってくれるのかもしれないんだって思ったら、俺、嬉しくてたまらなかったんです」

 おおぅ、まごうことなくのろけだ。そしてメイヤーは恥ずかしげもなく堂々とのろけてる。すごい。

「でも、ウリケルは自分の容姿に自信がなかったんです。今はちょっとだけよくなったんですけど、出会った当初は酷かったんですよ」

「酷いっていうのは……、容姿に対しての劣等感があったってこと?」

 そう訊ねたらメイヤーはこくりと頷く。

「俺から見たらすごく可愛いのに、ウリケルはしきりに、こんな自分でいいのかとか、自分のような醜女が婚約者では、俺に恥をかかせてしまうんじゃないかとか、何度も言うんです。謙遜のようなものではなく、本気でそう思っていて、俺はいつも否定して可愛いって言ってるんですけど、内心は悔しくて仕方がなかった」

 うん? 悔しい?

「だって、あんなに可愛いのに、自分の可愛さを認められない。それは誰かがそんなふうになるまで貶し続けてるってことですよね? 俺の可愛いウリケルに、くだらない嘘を吹き込んで、笑顔を奪ったってことじゃないですか」

 メイヤーは誰が言ったとは言わないけど、そんなこと言うのって一人しかいない。思った以上のモラハラだったわ。

「赤い髪のことも物語に出てくる魔女のようで気持ち悪いと言われていたようです」

「赤毛のどこが悪いんだよ。綺麗だしかっこいいだろう」

 そこでまたネーベルが憤然と呟く。

 あー、ヒルトも赤毛だからなぁ。っていうか、ヴュルテンベルク家の人間って殆ど赤毛じゃなかったっけ? 

「そうですよね!! 太陽に透けるとキラキラして、綺麗ですよね?!」

 ネーベルの呟きにメイヤーは同意を得たと言わんばかりだった。

「今回は、アルベルト様がゾマーに注意してくださったので、うちにもウリケルの親にも連絡はしないでおきます。ただ、もう一回同じことがあったら、今回のことを含め、親に連絡してゾマー家に抗議するつもりです」

 それが妥当かな?

 モラハラしたゾマーが一番悪いのは確かなんだけど、でもゾマーの行いを誰も注意しなかったことも、原因の一端を担ってると思うんだよ。親はともかく、友人たちは何か言ってしかるべきだったんじゃないかな?

「……余計なお世話かもしれないけど、メイヤーはユング嬢のケアーに注力してあげてね」

「はい、今回のことは、本当にありがとうございました」

 メイヤーから再度礼を言われて、帰寮することにした。


「ネーベル。ヒルト、いじめられてたの?」

 寮に帰る道すがらネーベルに訊ねる。

「俺がヒルトと知り合ったのは、イグナーツ様のお茶会デビューに合わせて、他の家でも似たようなことをやり始めた頃だ。ヴュルテンベルク家に連なってるところでのお茶会だった」

 ヒルトはその頃からお茶会よりも、剣を手にしているほうが好きだったらしく、自分の家のお茶会や家門のお茶会には出るけれど、他家のお茶会にはあまり参加していなかったらしい。例外はヘッダがいるお茶会だったそうだ。

「アルも知ってると思うけど、ヒルトは素の口調が独特だろう?」

「うん、男装の麗人のようでかっこいいよねぇ」

「……そんなこと言うのはアルぐらいだ。ヒルトは五人兄弟の末子で、上の兄弟と年が離れてるのもあるんだろうけれど、剣術をならうのにも、女だからっていう理由で反対されることもなかったそうだ」

 そしてやっぱり多少は女子がいると言えども、武術は男性社会という色が強い。

 ヒルトは父や兄たちと剣を交えることも多く、自然と口調も兄たちのものを倣うようになっていった。

「今はもう、どこの家の子供かは覚えてないんだけど、ヒルトの気を惹きたいバカが揶揄ったんだよ。男みたいな物言いをするって」

「あー、五・六歳の子供じゃ、あけすけに言っちゃうか」

「あと、ゾマーみたいに気になる子をからかって、わざと反応させるやつな。で、その時ヒルトはキレてそいつに手袋を投げつけた」

 え? 揶揄われて落ちこむんじゃなくって、手袋投げつけたの?

「ヒルトはヴュルテンベルクの娘だから、屈辱を受けて相手を謝らせたかったら、正々堂々と決闘で決着つけて謝らせるっていう教育を受けてんだよ」

 結果、揶揄った相手はぼっこぼこにされた。

 ヒルトはそれ以来、自分の家が主催するお茶会以外、ドレスを着ることがなくなり常に男装するようになったそうだ。

 とは言うものの、毎回そういったお呼ばれの場所に、男装で出向いていたわけではないそうで、母親から「今日訪問する場所は、ちゃんとドレスを着ていきなさい」と言われたら、特に反抗することはせず、素直にドレスを着て出席していたそうだ。

 僕との初対面の場であった母上の再婚周知のお茶会でも、ヒルトはドレス姿だったから、おそらく親と同伴で、ヴュルテンベルクの娘と紹介されるような場所ではドレスなのだろうね。

 それ以外の、あまりうるさく言われない場所や、僕の宮への非公式な訪問、ヘッダと一緒のお茶会はエスコート役で男装姿を通していた。

 そうやってヒルトは普段男装姿でいるようになって、たまにドレス姿で出席すると、今度はそのことを揶揄ってくる相手が出てきたらしい。

 ヒルトに気があるのに、素直にドレス姿が綺麗だと褒めることができない、おこちゃま男子は、憎まれ口を叩いたり揶揄ったりということしかできなかったのだ。


「俺は、ヒルトが嫌ならドレスなんか着なくたっていいし、あの口調だって気にしない。剣を振り回してたって、どうとも思わない」

「うん」

「だけど、もし、女らしくあることを忌避しているのが、あの時のあのクソガキどもの心のない言葉のせいなら、そうやってヒルトのことを傷付けるやつらを……、ただの冗談だって済ませようとしたことを……、俺は許せないんだよ」

 ネーベルは昔の話をさらりと伝えてくれたけど、実際ヒルトは尊厳を傷付けられるようなことを言われ続けていたのだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る