第22話 婚約している人に、BSSは通用しない
午後の授業が終わった後、メイヤーに声を掛けた。
「一応、言い聞かせはしたけれど、あとは本人次第だと思うんだ。諦めたから大丈夫と言い切ることはできないかな。はっきり言いきることができなくって悪いね」
「いいえ、あの時アルベルト様が通りかかって、ウリケルを庇ってくれただけでも感謝しています」
メイヤーはそう言って、なにか思うことがあったのか、ぽつりぽつりとユング嬢とゾマーのことを話し出した。
「王立学園に入学した当初から、あぁいうことは数えきれないほどあったんです」
「メイヤーたちの婚約って、学園都市に来る前に決まったの?」
「はい、僕らが十歳のころに。ユング家は陶工品を主力生産していて、大きな工房も持っているのですが、商売のほうはまるっきり弱く、先代の時代に……詐欺に引っかかってしまったんです。でも質はとてもよくって、絶対に売れるものなんですよ。うちは商会の販路は広く、諸外国にも卸先があります。ユング家の陶工品は諸外国でも通用するものだと思っているんです。僕らの婚約は、政略ということにはなっているのですが、本当は無理に婚約を結ぶ必要もなかったんです」
「そうなの?」
メイヤーとユングの婚約は、ただの政略ではないらしい。
先々代のころにゾマー家の領地に豪雨災害があって、大変な作物被害があったらしい。その時災害の支援をしたのが隣領のユング家だった。
先々代のユング男爵家は、困ったときはお互い様、もしうちが困ったときには手を貸してくれと言って、いろいろと災害支援をしてあげたそうだ。そこから家族ぐるみの付き合いが始まり、ゾマー家も、この恩は忘れない。何かあったら助けるから頼ってくれと言っていたのだが、ユング家が詐欺にあって工房経営も立ち行かなくなりそうになった途端に、掌返しでうちは関係ないと見て見ぬふりをされてしまった。
先々代の話と先代の苦労を知っている当代のユング当主は、薄情なゾマー家の様子に、もうあそことは最低限の付き合いにすると決めたのだが、ゾマー家はユング家が持ち直し始めた途端に、何事もなかったように、いろいろあったけどまた仲良くしてほしいと、図々しく近づいてきたそうだ。近づいてきたのは、ユング家が持ち直したからだろう。
ユング家の陶工技術は素晴らしいもので、品質も上質だから作れば需要はある。ただ職人気質で商売ごとの才能がない。そこでもともとユングの陶工作品を取り扱っていたメイヤーが、売買を任せてくれないかと申し出たそうだ。
メイヤーがユングの製品の独占売買を始めて、ユングの財政は持ち直し始めた。
その持ち直しを知ったゾマーが、先代のことは気の毒だったとかなんだとか言って、すり寄りを始めたそうだ。
ユングの当代当主は、都合のいいことを言ってきたゾマーに対して、腹は立てているものの、隣領の付き合いというものはある。すり寄りは無視し、必要最低限の交流にとどめているのだが、潰れるかと思ったユングが持ち直し、あまつさえ興隆の兆しが見えはじめたのだ。
ゾマーとしては、繋がりを太くしておきたいと思ったのだろう。
ユング家にもゾマー家にも丁度同じ年齢の子供がいるので、まず子供たちを仲良くさせようとしたのかもしれない。何かあるたびにゾマーを連れてユング嬢に引き合わせ交流させるようになった。
ユング嬢の父親はゾマー家がなにを狙っているのかはわからないが、このままではゾマーから婚姻の申し出が来るのではないかと危惧したらしい。そこでメイヤーの父親に、子供たちの婚姻をお願いしてきたそうだ。
メイヤー家も幼い頃からの子供の婚約は……、まぁほら、国王陛下のアレがあったから、慎重にはなっていた。でも遅かれ早かれ、子爵家の跡取りであるメイヤーには婚約者が要るし、とりあえず婚約させるかさせないかは、顔合わせをさせて決めるということになったそうだ。
メイヤーとユング嬢は初対面の顔合わせで意気投合して、感触も良かったので、対外向けには事業の政略としてということで婚約を結んだ。そして、もし万が一があるといけないから、年一で双方の同意を結婚するまで行うということにしたらしい。
「もしかしたら、ゾマーは自分が婚約者になるはずだったのに、って思ってたのかもね?」
メイヤーの話を聞いてそう言ったら、メイヤーも静かに頷いた。
「メイヤーは、ゾマーがユング嬢に嫌がらせした理由は、分かるよね?」
「えぇ、ちょっと俺には理解できませんけどね」
「理解しなくていい」
ぼそっと呟くネーベルに、苦笑いをしてしまう。
普段と様子が違うネーベルにメイヤーも少し驚いたようだが、特に深く触れてくることはなかった。
「ウリケルが言うには、ゾマーとは初対面から折り合いが悪かったそうです。その、お互いの親の前では大人しくしているのですが、子供たちだけになると……、追いかけまわして虫を投げつけてきたりと、最初から嫌がらせが酷かったようです」
典型的な好きな子いじめだなぁ。
「年齢が上がるにつれて、子供じみた嫌がらせはなくなったみたいなんですが、容姿を貶したり、センスが悪いと罵ったり。あと……まぁ、いろいろと。ウリケルも気の弱い性格ではなく、嫌なことは嫌だとはっきりと言う性格なので、何か言われれば言い返すと言ったことが繰り返されるようになったみたいです」
「それは……、うん。クソガキメンタルなんだろうなぁ」
好きな子相手にどう接したらいいかわからない、からの、暴言やいたずらで反応があったから、嫌がらせを続ける。そこまで続けたら、素直に接することができなくなったってところなのかな?
「キツイこと言えば反応してもらえるって学習しちゃったのかも」
「え?」
「本人も自分の態度が誉められるものじゃないのはわかってるとは思うんだよねぇ。ただ、ユング嬢が言い返したりすると、酷いことを言ってしまったっていう罪悪感を見ないふりして、気があるから言い返すんだとか、都合がいいように考えるようになったのかも」
ゾマーじゃないから、正確なことは分からないけどね。
ただその話を聞いたメイヤーは、嫌悪感を隠せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。