第21話 好きな子いじめはモラハラと同じ

 こんなネーベルを見るのはみんな初めてで、誰もが取り成すことが出来ない。まぁ、言ってることは、全面的にネーベルの言うことが正しいからなぁ。

「僕、すごく気になることがあるんだけど。君さ、好きな子から、ブサイクとかバカとかクズ野郎とか言われて嬉しくなる人? もっと罵ってほしいって興奮しちゃうの?」

 僕の質問にテオとクルトが咄嗟に自分の口を押さえる。

「そんなわけないだろう!」

「まぁ、見てればそんな特殊性癖は持ってないのは分かる」

「とくしゅせいっ、なんっ、そんなっ」

「いちいちこんな言葉で恥ずかしがらないでよ。君がユング嬢に暴言を吐いたり殴ろうとしたことのほうが、よっぽど恥ずかしいことなのに、そっちは照れないんだ?」

 僕の言葉にゾマーはさっと顔を青くさせる。

「はず……、なんで」

「恥ずかしくない? しかも言ってる相手は好きな子なのに」

「だって、それはっ」

「それは?」

「ほ、本気じゃ、なくって……」

「言われてる相手は、君の気持ちとか考えとか、まったくこれっぽっちもどうでもよくって、むしろ『うわ、何こいつ。最低な奴』って、思ってるよ?」

「え……」

「なんでショックを受けたような顔してるの? 自分が酷いこと言ってる自覚なし?」

「酷いことなんて、大げさな……」

「なるほど、そう来たか」

 言ってることと表情が一致してないんだよなぁ。たぶんゾマーは自分の言ったことが相手を傷つけてる自覚はあるけど、それを認めたくない。

「今まで君がユング嬢に向けた言葉は、言われて嬉しいって思えるものなんだね」

 もちろんそんなことはない。言ったゾマーも言われたユング嬢だって、貶されて嬉しがるわけがない。

「そ、そんなこと、言ってない」

 ほらね。

「でも、君にとっては、ブスとかバカっていうのは、ユング嬢を傷付ける酷い言葉じゃないんでしょう?」

「そ、それは、だって」

 そこでゾマーは最後まで言葉にすることはなく、また黙り込んでしまう。

「僕、好きな子を前にして、恥ずかしい、何言っていいのかわからない、っていうのはわかるんだよ。好きな子と話するのって、緊張するだろうし、いろんな感情がないまぜになってドキドキするし、仲良くなかったら声を掛けるのさえ勇気がいるしね」

 そこでやっと自分の気持ちがわかってくれたのかと思ったのか、ゾマーは明るい表情で僕を見る。

「でもさ、そこで、その相手を褒めたり、優しくしたりするのではなく、素直になれない照れ隠しからの暴言っていう、思考の変化が理解できないんだよね」

 続きの話を聞いたゾマーは、一変して顔を強張らせた。


「モラルハラスメント、略してモラハラというのがあるんだけど、意味はね、相手の心を傷付ける精神的な暴力のことなんだ」

 暴力の言葉にビクンとゾマーの身体がはねる。

「具体的にどんなことをするかというと、相手の人格否定に外見の中傷。わざと人前で叱責したり、本人に聞こえるように悪口を言う。相手のすることを妨害したり、孤立させる。些細なミスをあげつらう」

 全部心当たりがあるのか、ゾマーの顔色が徐々に悪くなっていく。

「それでいて自分の悪いところは認めないし、隠そうとするし、自分のせいで起きたトラブルを全部相手のせいにする。で、自分が不利になるなぁっとか、都合が悪くなるなぁってわかると、怒鳴って問題をうやむやにするんだ」

 グッと息を詰めるゾマー。なるほど、そういうこともやってたんだ。

「モラハラしてる人って、加害者意識がないんだよ。あ、加害者ってわかる? 他人に危害を加える人のことね。つまり君は、ユング嬢に対してのモラハラの加害者」

 はっきり告げたら、今度は泣き出しそうな顔をする。

「君がやったことは、好きな子に対して素直になれない照れ隠しじゃないよ。それを理由にして、ユング嬢に心身疲労を与えた犯罪行為。泣きたい思いをしたのは、君じゃなくってユング嬢だ」

「だ、だって、なら、どうすればよかったんだよっ」

「知ってどうすんだよ」

 ネーベルは汚物を見るかのように、ゾマーを見る。

「お前がユング嬢とどうにかなる可能性はねーのに、何言ってんだ」

「今後の参考、かな?」

 僕がそう言うと、ネーベルは眉間にしわを寄せた。

「ゾマーがこの先、婚約したり結婚したりする相手に、ユング嬢にしたようなことをしないための、知識だね」

「こんなクズと結婚したがる奴なんかいるか」

 忌々しそうにつぶやくネーベルに、今度はテオが答えた。

「政略ならありだろ? 家同士の利益がある結婚なら、クズでも結婚出来るな」

「だとしたらお相手は、大変苦労しますね。あー、モラハラとやらをやり過ぎれば、いくら政略でもご破算になるか。そうならないためのアドバイスですよ。良かったですね」

 クルトも優し気な口調でえぐいこと言うなぁ。

「いくら政略でも、我が子が不幸になる結婚を許可する親はいないよ。政略結婚の婚約時代っていうのはさ、相手の人柄を見極めるお試し期間でもあるわけ。その期間中に、相手がモラハラ野郎だってわかれば、自分の子供が不幸な結婚生活を強いられない婚姻条件が、新たに付け加えられるよね。当然、破られたときのペナルティーだってある」


 立ち回りがうまく財力に長けている貴族は、本当に狡猾だから。内心、子供は自分の出世や家門を繁栄させる道具だと思っていても、できる貴族は、それを表に出さないよ? 道具は道具でも価値のある美術品と同じ。傷一つつけないように大事に扱うからね。手元に戻ってきたとしても、それは相手の瑕疵で、こっちには何の非もないことを証明して、もっと条件のいい相手と政略結婚させる。

 こういう権謀術数ができない貴族は、早々に没落するんだよ。


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