第19話 どう見ても尋常ではない状況

 学力試験の成績を見た後、皆で昼食の為学食へと向かう。

 下学部は二年までしかないから、学食は一つだが、上学部は二つあるらしい。まぁ、学食を利用しない生徒もいるからねぇ。

 僕らは基本学食ではなくお弁当派で、シルトとランツェが時間に合わせて持ってきてくれるのだ。シルトたちがお弁当を届けるために学舎に来る許可はちゃんととってあるし、空き教室をリザーブしてそこで昼食をとることも許可を取っている。

 とはいっても見知った相手で固まって、毎日お弁当をとるのは、社交性を培うことができないので、週に一・二回は学食を利用することにしているのだ。

 そして今日は学食の日。何を頼もうかワクワクしながら学食へ向かっていたら、悲鳴に近い声が聞こえてきた。


「いい加減にしてよ!! あなたには関係ないでしょう!!」

 おもわず動きが止まって、声が聞こえた方向へ顔を向ける。

 そこには、一組の男女の生徒がいた。

「ブスのくせに逆らってるんじゃねーよ! バカなお前があとで後悔しないように親切で言ってやってるんだろう! なんだよその態度は!」

 ボキャブラリー五歳児以下。人を貶す、特に女性を貶めるのに『ブス』と言うのは、それ以外の言葉が思いつかないと言っているのと同じだ。

 エキサイトしてる二人はこっちに気が付いてないけどなんかやばいな。そして女生徒の方には見覚えがあったから、ネーベルに目配せをする。僕の考えを察したネーベルは一つ頷いてからこの場から離れていった。


「だから、あなたに親切にされる謂れはないと言ってるのよ!! 後悔してるとしたら、あなたと幼馴染みであることよ!! もう二度と話しかけてこないで!!」

「なんだと!!」

 男子生徒の振り上げた腕をつかんだのはテオだった。

「なっ、なんだよ!」

「それはこっちのセリフだっつーの。お前、今、女の子に何しようとした? まさか殴ろうとしたんじゃないだろうな?」

 テオが男子生徒に牽制して凄んでいる隙に、女生徒のほうに声を掛ける。

「ユング嬢だよね? 大丈夫?」

「あ、アルベルト様……」

「今、ネーベルがメイヤーを連れてくるよ。安心して」

「ありがとうございます」

 僕がそう告げるとウリケル・ユング嬢はあからさまにほっとした顔をする。

「お、お前らなんだよ!! 関係ない奴が口出ししてくんな!!」

 だからボキャブラリー五歳児以下。こっちが手を引くようなことが言えんのなら口を閉じとけ。おめー、そんなことしてるとマジで痛い目見るからな。

「関係なくても女性に手をあげようとしてるところを見たら、普通は止めるし口挟むよね? それとも君は、か弱い女子が殴られようとしてるところを目撃しても、止めずに見ないふりして立ち去るんだ? それって男としてどうこうっていうよりも、人としての道義に反する行為だよ? 君、人の心ないの?」

 僕が男子生徒に言い返したら、今までこんな切り返しを一度もされたことがなかったのか、え? とか、は? とか、言葉になってない声を出して、僕らとユング嬢を見比べる。

「お前クズだろうって、遠回しに言うときはそう言えばいいのか」

「テオ様やめてください。せっかくアルベルト様が、わかりにくく指摘して差し上げてるのに、教えたら駄目でしょう」

「なんか、それ、おかしくないか?」

「時限式の罠ですよ。後になって意味に気づいたときには、言った相手がいないので、言い返せないし、文句も言えないから、余計悔しいじゃないですか」

 やめて。なんでそんな相手を煽るようなこと言うんだよ。あとそんな意図で言ってるんじゃないからね。理由はどうあれ暴力はないでしょう暴力は。しかも女の子に手をあげるなんて、放っておけないでしょう。

「う、うるさい! うるさい! うるさい!! 手を離せよ!!」

「やだ。だって今、手を離したら、お前逃げるだろ? 暴力振るおうとして、言い負かされたから逃げるなんて、お前それでも貴族の子供かよ」

 僕よりテオのほうが酷いこと言ってるじゃないか。しかも間接的じゃなくって、もう包み隠さずズバッと言ってるよ?

「だから、関係ない奴はどっか行けよ!」

 口での言い負かしはできず、逃げることもかなわず、そして僕らを追い払うのに効果のあることも言えないときたか。

「その言い分だと、関係があれば関わっていいってことになるよ?」

「な、なにをっ」

「僕はユング嬢の婚約者とクラスメイトなんだよね。それでもって、ユング嬢とは読書サロンを見学させてもらった時に、婚約者の彼から紹介されて、仲良くさせてもらってるんだ。これってユング嬢の関係者になるよね?」

「はい」

 最後のほうはユング嬢に訊ねると、こくこくと何度も頷かれる。

「ほら、僕は関係者になったよ? 君の言う『関係ない』は通用しなくなったけど、どうする?」

 男子生徒は顔を真っ赤にして口をパクパクさせるけど、それが音になって吐き出されることはない。

 そうこうしているうちに、ネーベルが真っ青な顔をしているメイヤーを連れて、こちらに近づいてくる。

「ウリケル!」

「ゼルデン様!」

 メイヤーに名前を呼ばれたユング嬢は、振り向いてその姿を認めると、一目散に彼の元へと駆け寄っていった。

「大丈夫か? 怪我は?」

 駆け寄ってきたユング嬢に、怪我がないことを確認すると、メイヤーは安堵したように抱き留める。

「よかった。怪我がなくって。君が男子生徒に絡まれてるって、クレフティゲ様に教えてもらったんだ。ごめん、俺が迎えに行けばよかった」

「いいえ、私がゼルデン様をお誘いしたかったんです」

「そうだったんだ……」

 そう言ってメイヤーは、テオに捕まえられている男子生徒へと視線を向けた。


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