第18話 王族に長期休暇などというものはない

 王立学園の長期休暇は夏と冬。

 そして長期休暇前に学力テストがあるのではなく、休暇後に行われる。長期の休みだからって浮かれないで、ちゃんと勉強しろって事なんだろう。

 王立学園に入学して初めての夏の長期休暇なのだが、僕はフルフトバールへの帰省はできない。っていうか、今年から王立学園を卒業するまで、第一王子殿下として王族の公務をするのだ。単純に、フルフトバールに行く暇がねーのよ。


 これは五年後に王族から離籍するんだから、それまで王族としての仕事をやれって事なわけなんだけど、でもそれは普通の臣籍降下する王族なら、って話なんだよね。

 臣籍降下するまでは、王族として国民の血税で生活してるんだから、国民の生活を豊かにさせる責務がある。でも僕の場合、衣食住の費用すべて、国民の血税から賄われているわけではなく、マルコシアス家が全部負担してる。

 ここはもう、僕が生まれてから今まで、一貫して変わらない。おじい様が、王家が僕の為に金を使うことを許さなかったのだ。

 母上と僕に何もしなかった王家が、僕の費用を出すようになったら、僕の為に使った費用分は働けだとか、返せだとか、そういった難癖をつけてくるだろうってことを見越しての対策である。

 七年前の僕の反逆で母上と僕に精神的苦痛を与えた慰謝料はすでに支払ってもらっている。本当はそこに今まで支払われなかった僕らあての費用も加算されるはずだったのだが、おじい様は慰謝料のみしか受け取らず、これからも王宮に残る僕の費用はマルコシアス家で負担するので、王家からは一切受け取らないと突っぱねたのだ。


 だからさ、僕が本当に責務を果たさなきゃいけない相手は、フルフトバールの領民なんだよね。

 でも、王家はそういった事情を隠したいわけだ。だって第一王子の費用は国民の血税から支払われてないなんて知れたらねぇ?

 する義務もない公務をやるのは、王家への当てつけと貸しだ。

 ちなみに、王妃様と宰相閣下は、僕には王族としての責務はないし、公務もせんでいいって感じだったんだけど、貸しにしてあげるからやるよって言ったら、宰相閣下にはしょっぱい顔をされてしまった。いいじゃんか、公務の分散ができるんだから。


 とは言うものの、王子や王女に与えられる王家の直轄領は、将来マルコシアス家の当主になる僕に与えることはできない。普通の臣籍降下で大公になるって場合なら、成人後の僕の領になるので、公務解禁とともに領運営もしていくことになったんだろうけど、僕は違うからね。

 だから僕が主にやっている公務は、王家の直轄領を訪問して、不具合や気になったところをまとめて報告書を提出するのと、魔獣被害があった人が集められている施設への慰問。

 それから、王家が寄付金を出しているシュッツ神道の神殿と神殿が経営している孤児院の訪問だ。

 孤児院訪問はほぼ王妃様と公爵家の女性陣が担ってるところがあるので、神殿関連で僕が行くとしたら恒例祭典に出席するぐらいかな?


 公務は長期の休みに集中して行われる。普段は、やはり学生としての勉学のほうを優先なんだよね。未成年の王族に出来る公務や仕事なんて、たかが知れているというものだ。

 特に他国の王族との外交は、成人した王族の仕事だ。他国の王族との外交は失敗したら、後がないのだからより慎重に行う公務になる。そんな重大な外交公務を未成年にさせたりしたら、接待を受けた相手は、あの国は他に外交できる人間がいないから、未成年にさせているのかって受けとるのだ。

 絶対に、未成年でもその人物が優秀だから任されているとは考えない。この辺がね、やっぱ現実なんだなぁって思うわけよ。


 今年の夏休暇の公務は、ひたすら神殿の祭典にひっぱりだされた。とくに風神・ヴィントを祀っている神殿からの要請が多く、風神への奉納演舞をやってくれっていわれて、神官に奉納演武を叩きこまれて祭典で踊ることとなった。何処からか風神・ヴィントの加護持ちなの漏れたのかなぁ?

 そしてこの奉納演武は、来年以降も要請されることになったのだ。

 それ以外にも時間があれば、イジーの手伝いで直轄地を一緒に視察に行ったり、あれやこれやとやっていたので、そこそこ忙しい夏休みだった。

 そう言えば日本と違って『夏休みの宿題』がないのは、良かったなぁっと思ったけど、休み明けには学力試験があるので、やっぱり勉強から離れることはできないのだ。


 公務で忙しい夏休みが終わって学園都市に戻り、新学期が始まってすぐに学力試験が行われた。

 総合順位が張り出されるのって、この時代ならではだなって思った。二十一世紀の日本だったら、子供たちの成長に順位をつけて、あまつさえそれを発表するのはいかがなものか? とか、成績順位で優劣を付けたらイジメになりえるのでは? とか、プライバシーの保護とか、いろいろうるさいけど、王制で貴族社会のこの時代だと、競争心をもつことは推奨されてるからね。

 僕も成績を貼り出すのは反対じゃない。人によっては程よい刺激になるだろうから。

 ただね、逆に追い詰められる人もいるだろうなとは思う。特に普段から成績が良くって勉強ができる子なんかは、この成績順にこだわったり、とらわれたりするだろうな。

 理由はいろいろあるんだろうけど、家の方針だとか、親の期待だとか、とにかく一番でなければ価値がないとか、そんな感じに考えちゃう子。


「まぁ、こんなものか」

 張り出された成績順位を見ながら僕が呟くと、同じように成績順位を見に来ていた生徒がぎょっとした顔をしている。僕のことを知ってる人なんだろうな。

「アルー! お前何位だった?!」

 僕と同じように成績順位を見に来たテオが、声を掛けてくる。

「僕は12位だったよ」

「え?」

 僕の返事に驚いた顔をして、テオは成績表を見る。

 首席はやっぱりヘッダだった。あの子、入試試験は手を抜いて、わざと首位を取らなかったんだろうな。次席はオティーリエ。三席は平民の生徒だろう。イジーは五位。頑張ったねぇ。テオは二十位以内に入っていた。

「お前、大丈夫なのか?」

「何が?」

「何がって……」

「学力はあくまで目安だからね。まったくできないのは論外だけど、僕に必要なのは学力じゃないよ」

 フルフトバールで何かが起きた時に、どう対応して治めていくかということ。そのために知識は必要だけど、その知識は僕だけが持っていなくてもいいのだ。

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