第16話 恋愛してない人に恋愛相談しないで欲しい

 幼馴染みで初恋の相手で、今でも好きな相手と婚約者であるということは、ルイーザ先輩にとっては、幸運なことなんだろう。

 相手もルイーザ先輩と同じ気持ちであったなら、問題なく結婚すればいいけれど、実際は違うわけだ。

「ルイーザ先輩とベーム先輩の関係がごちゃごちゃするのは、幼馴染みであるということと、婚約者であるということが混同しているからです。二人の間に婚約関係がなく、ただの幼馴染みという関係のままだったなら、と考えてください。ルイーザ先輩は昔から仲の良かった幼馴染であるベーム先輩に恋心を持っていたけれど、年頃になったベーム先輩には好きな人ができました。一般的にこの状況のルイーザ先輩のことをどう表現するか、わかりますか?」

「……私、初恋の相手に失恋したのね」

 やっと気が付いてくれたか。

「ルイーザ先輩がここで混乱したのは、ただの幼馴染みではなく、婚約者だからです。個人の話ではなく家全体を巻き込んでの話になります。でも二人の婚約は政略ではありません。婚約を続けるも続けないも、ルイーザ先輩の気持ち一つです」

 政略結婚なら割り切れたかな?

「ただ、婚約を解消するなら早いうちに動いたほうがいいです」

「え? なぜ?」

「先輩たちは小さなころから婚約してるんですよね? そういう場合、学園卒業したら一・二年以内に結婚することになると思いますから」

 特にルイーザ先輩は跡継ぎだし、父親が動けるうちにルイーザ先輩の次の跡取りを作ってもらうことになるだろう。妊娠したら領地経営も滞るだろうからね。

「そうね、今度の長期休暇の時に、両親に相談するわ」

 ルイーザ先輩を見ながら、ちょっと不安になるなぁ。

「ご両親に相談するのはいいですけれど、丸め込まれないように気を付けてくださいね。自分でちゃんと考えないと、足をすくわれますよ」

「丸め込まれる? 足をすくわれるって、何故?」

「こういう場合、男親って男の考え方とか、物の見方しかしませんから、必ずこう言われますよ。『火遊びは学生のうちの出来心』『成人すれば落ち着く』『若いうちの過ち』ってね」

 僕の話にルイーザ先輩は絶句する。

「でもこれで終わりだと思わないでくださいね? 婚約者に対して誠実じゃない男が結婚して変わるわけがないんですよ。結婚したら今度はこう言われます。『浮気は男の甲斐性』『正妻なんだから鷹揚に構えていればいい』『愛人の一人や二人、見逃してやるのが、良い妻の見本』、物の見事に男にとって都合のいいことしか言われませんね」

 僕の言葉にヒルトはネーベルを見るけど、ネーベルはそんなことはしないから、安心して。これは愛人を持つ貴族の考え方で、みんながみんな同じようなことを考えてるわけじゃないから。

「そ、そんな……、じゃぁどうしたらいいの?」

 そんなの知らんと言ったら、怒られるだろうなぁ。そして相談受けてるのに、不安を駆り立てるようなこと言うなとも。

「ですから、ちゃんと考えてくださいと言いました」

「ちゃんと……」

「まずルイーザ先輩は、ベーム先輩と婚約を続けて、このまま結婚したいのか。それともベーム先輩との婚約を取りやめて、他の人との結婚を考慮するのか」

「わからない」

「では保留で。でも『わからない』で終わらせないで、答えを出してください。愛されなくてもいいから、傍にいたいので婚約を続けたい。愛されないとわかったので、身を引いて婚約を終わらせる。父君たちの都合は含めないで、まず、ルイーザ先輩が、この婚約をどうしたいのか、自分で答えを出さなければ、先のことは決められないんです。僕もわからないままのルイーザ先輩に、アドバイスはできません」

 っていうかさぁ、こういうことは恋愛してる人に聞いたほうが、ちゃんとしたアドバイスできるんじゃないか? ほら、幼い頃に知り合って婚約したって言うなら、それはネーベルとヒルトだって当てはまるし、二人のほうがルイーザ先輩の気持ちに寄り添えると思うんだけどな。

「あの……、もしこのまま婚約を続けたいって言ったら?」

「続けたいなら現状のままでいいのでは?」

 悩む必要はないだろう。

「でも、ウルリッヒは他に好きな人がいて、私のことは、その……」

 そこでルイーザ先輩の言葉は途絶えてしまう。

 まぁ、結局のところ、ルイーザ先輩はベーム先輩の気持ちを独り占めしたいのだろう。すなわちそれはベーム先輩から恋い慕われたいということだ。

 でもそんなこと、ここで悶々と考えたってどうにもならない。

「婚約関係という立場に甘えていませんか?」

「え?」

「言わなきゃ何も伝わりませんよ。婚約しているから。いずれ結婚するから。ルイーザ先輩がベーム先輩に好きだと告白しない言い訳ですね。自分の気持ちを何一つ伝えずに、ベーム先輩からの恋慕を向けられることを望むのは傲慢というものです」

「アルベルト様」

 恐る恐るといった様子でオティーリエが呼びかける。

「何?」

「あの、でも、ルイーザ先輩は、ベーム先輩と婚約者としての交流を図っていた、と思うのです。そう言った努力をしていたのは、ルイーザ先輩だけで……。交流を怠っているベーム先輩も責があるのではないですか?」

「あるよ?」

 そりゃそうだよ。ベーム先輩が何を考えてそんなことをしているかは知らんけど、女一人まともに扱えないなんて、とんだクズ野郎だってみんな思ってるよ。口に出して言わないだけだ。

「あの、なら、ルイーザ先輩だけが悪いのでは、ないですよね?」

「そうだよ? でもこの話は、ルイーザ先輩がどうしたいかっていう話でしょう? 本筋をずらして考えちゃだめだよ」

 そうあくまで、ルイーザ先輩がベーム先輩との関係をどうしたいかが、メインなんだから。

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