第15話 愛し愛される結婚を望むなら

 結局ルイーザ先輩とは再度会うことになった。

 その日の放課後、前回と同じ場所で、ルイーザ先輩は僕らよりも先に来ていて、僕の姿を見るとベンチから立ち上がった。

「お待たせしましたわ。ルイーザ先輩」

 わざわざ僕を迎えに来たヘッダとオティーリエは、自分たちが同行することをルイーザ先輩に告げていたようだ。二人がいても特に驚いた様子もなく、あいさつをする。

「いえ、私もさっき来たばかりなの」

「こんにちは、ルイーザ先輩」

「こんにちは、アルベルト君」

 ん? 自己紹介してなかったのに、僕の名前を知ってるのか? でも僕が第一王子であることには気が付いていないみたいだな。

 ヘッダを見るとすまし顔をしているから、話していないんだろうな。ヘッダが何も言っていないということは、当然オティーリエも、僕の正体をルイーザ先輩に告げていないのだろう。

 そうして、ガゼボのベンチをすすめられてから、しばらくしても、ルイーザ先輩はなかなか話しかけてこない。

 これは僕から切り出せと言うこと? でも相談したいと言ってきたのはルイーザ先輩だし、なんて切り出せばいいわけ?

「あの、アルベルト君……。この間は、ごめんなさいね」

「先輩に謝られる覚えはないです」

「そうじゃなくって、話を聞いてもらってアドバイスを貰おうとしていたのに、あんな言い方をして、私が悪かったわ」

「プライベートに踏み込んだ僕が悪いので、ルイーザ先輩が謝る必要はありません」

 ルイーザ先輩が婚約者のことをどう思っていようと僕には関係ない話で、それを聞き出そうとしたんだから、嫌がられて当然。

「ううん、違うのよ。私、アルベルト君にウルリッヒのことが好きだと知られたと思って、恥ずかしくなったの」

 よくわかんない。

 幼馴染みで、婚約者で、その相手を好きだとバレたって、別にどうってことないんじゃないの? ネーベルとヒルトはちっちゃい頃から仲良かったし、ラブラブだったよ?

「この間、アルベルト君が、ウルリッヒがそっけなくなった理由を教えてくれたでしょう?」

「あくまで予想です。本当のところは本人に聞かなきゃわかりませんよ」

「そうだけど、でも全部ありえる話だと思ったわ」

 そう言ってルイーザ先輩は自嘲する。

「ウルリッヒは初恋の相手なの。だから、お父様たちが決めた婚約でも、私は嬉しかったし、ウルリッヒも嫌がってなかったから、てっきり私と同じ気持ちだと思ってたのよ」

 過去形ってことは、今は違うってことだよね?

「……下学部の時にウルリッヒと仲が良かった男子生徒にね、アルベルト君に教えてもらったことを聞いてみたの」

 いくら幼馴染みで婚約者と言えども、好きな人に直接は聞きにくいか。

「下学部のころから、私とのこと、揶揄われていたみたいなの」

「婚約者であることは、周囲に黙ってたんですか?」

「特に隠しているわけではなかったわ。でも、ウルリッヒは知られたくはなかったのかもしれない」

「そうですか。つまり、ベーム先輩は友人にルイーザ先輩とのことを揶揄われるのが嫌だから、ルイーザ先輩に素っ気なくしているってことですか?」

 自分で言っておいてなんだけど、揶揄われたことは拗れるきっかけで、原因ではないだろうな。だって揶揄われるのが嫌なのは、仲が良いところを見られたくないってことでしょう? 二人でいるときまで、そんなことする必要なんかない。

 僕の予想通り、ルイーザ先輩はそれだけじゃないと言いたげな顔をする。

「それだけじゃなく、淑女科に仲の良い女生徒がいるそうなの」

「ルイーザ先輩には悪いですけれど、僕の言うことは、期待に応えられる内容ではないでが、それでもいいですか?」

 前回が前回だから、前もってそこだけは断りを入れておく。「忌避のない意見を言ってもいいですか?」

「えぇ、もちろん! 是非、聞かせて!」

 なんで期待したように勢いづくかなぁ。

「ベーム先輩に好きな人がいて、ルイーザ先輩との結婚に何か不都合が生じますか?」

「え……」

「これは貴族的な結婚観だと思うのですが、たとえベーム先輩に好きな人がいたとしても、ルイーザ先輩の婚約や結婚には支障がないですよね?」

 殆どの貴族の結婚は、政略ありきで、そこには愛とか恋とか、そんなものはない。

「そ、それは、そうだけど」

「でも、ルイーザ先輩たちの婚約には、政略的な意味が含まれているわけではない。ルイーザ先輩が愛のある結婚がしたいと望んでいるなら、他に好きな人がいるベーム先輩との結婚は無理ですよね? ルイーザ先輩の結婚観に、愛し愛されることが含まれるなら、それが出来ないとわかった相手との婚約を継続する意味はありますか?」

「……ちょっと、待って頂戴」

 中断の断りを入れて、ルイーザ先輩は考え込む。

「政略の、意味はないけれど」

 言葉を区切らせながら、ルイーザ先輩は喋りだす。

「私たちの婚約は、お互いの父親が決めたことなの。だから、簡単に、婚約を解消することはできないわ」

「ではご両親に相談しては?」

「相談……」

「婚約を結ばれるときに意思確認はされたんですか?」

「意思確認……、え、えぇ。もちろんそれは、あったわ」

「意思確認はルイーザ先輩だけではなく、ベーム先輩もされたと思いますよ? そしてベーム先輩もルイーザ先輩との婚約を了承したはずです。そうでなければ、婚約成立するわけないですから。だけどこれは、その時の気持ちがそうだったわけで、恒久的に気持ちが変わらないというわけではないですからね。お互いのご両親も、そこはご理解されているのでは?」

 婚約理由は父親同士も、婚約する子供同士も仲が良かったからというもので、この婚約を白紙にしてどちらかに不利益や不都合が生じるわけではない。

 まぁ、ベーム先輩は入り婿する先がなくなるから、将来貴族ではなくなるし、自分で食い扶持を稼ぐ職に就かなければいけないというデメリットが生じるけど、二子以降の子供はどこも同じなんだから、そこは自力で何とかするものだ。

 両家に不利益が生じないのなら、愛し愛される結婚がしたいと望むルイーザ先輩が、この婚約を解消したいと、両親に言えばいいだけなのだ。

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