第12話 騎士科の訓練所で模擬戦見学

 ネーベルと、それから時にはイジーやテオたちも一緒に、サロンの見学をしたり、授業終わりに寄り道したり、特に何か事件が起きるでもなく、平穏な学園生活を過ごしている。


 それからオティーリエに貸してもらった本なのだが、人気があったのは聖女の話ではなく男爵令嬢のシンデレラストーリーの方だった。

 特に下位貴族の女子は、あぁいう玉の輿系の物語が好きだよね。好きっていうか、共感性なのかな? いつか王子様がという夢を見るのかな?

 夢を見るだけならいい。物語は物語で現実はそんな簡単な話ではないのだと、ちゃんと分別が付いているのならば構わないのだ。

 今のところ、出まわっている男爵令嬢の恋物語は、娯楽として広まっているだけで、何か勘違いをした男爵令嬢が高位貴族の令息や、僕らに特攻して馴れ馴れしくしてくるということはない。

 どうかこのまま何もありませんように。


 学園生活も三か月もたてば、だいぶ勝手もわかるようになって、最近イジーはテオと一緒に騎士科の訓練所へしょっちゅう見学に行っている。

 やっぱり好きなんだろうな剣術が。

 そんなある日の昼休みに、イジーが遠慮がちに騎士科の訓練所に見学に行かないかと誘ってきたのだ。

「いいよ?」

「え?」

 了承の返事をしたら、驚いたような顔で僕とそれからすぐそばにいるネーベルとヒルトを見る。

「どうした?」

「い、いえ、あの、兄上は……、剣術が嫌いなのかと思って」

「んー、僕自身はやりたくないかな? でも見るのは好きだよ?」

 そう告げると呆然とした顔でイジーは話し出す。

「俺とは一度も手合わせしてくれたことがないから」

「だって僕がやってるのって『剣術』の訓練じゃないからね」

「……テオとは手合わせしたって」

 あー! そうでしたー! っていうか、テオの奴、イジーに話したんかい。

「あれは成り行き上……ごめんって! 拗ねないでよぉ」

「俺も兄上と手合わせしたい」

 ショボンとしているイジーを見ていると、胸がズキズキしてくる~!! 

「うぅ~っ、い、一回だけだよ?! あと今すぐとかは無理だから! 僕の心の準備もさせて!」

 そう言ったらイジーが輝くような笑顔を浮かべる。

「絶対ですよ!」

「う、うん」

 とほ~、断れなかった。

 テオとの手合わせで、つくづく対人戦が苦手だと思い知ったからね。訓練だろうと何だろうと、人に武器を向けるのはやりたくないんだよ。

 ショボショボする僕をネーベルとヒルトが気の毒そうに見てる。

「手抜きはするなよ?」

「わかってるよぉ」

 イジーもテオも、そういうのは気が付くから、手抜きなんてできるわけないじゃん。


 放課後僕を迎えに来たイジーの傍には、テオも一緒だった。

 ニマニマ笑うテオを睨みつけて、皆で上学部の訓練所へと向かうと、見学スペースには、ヘッダとオティーリエがいて、僕らに向かって手を振ってくる。

「二人も来てたの?」

 ヘッダはにこにこ笑って答える。

「イグナーツ様が見学するとお聞きしましたの」

 ほうほう。ヘッダは人との距離の詰め方がうまいんだよなぁ。テオとは違ったコミュ強だ。

 訓練所では一対一の打ち合いだけではなく、団体戦での訓練もあって、ちょっと興奮してしまった。

 連携すごい。

 団体の模擬戦が終わって、個人戦の試合も三組ほど見た後、テオが空腹を訴えだしたので、見学を切り上げどこかに寄ってから帰ろうということになった。


 出口に向かって訓練所の廊下を歩いていると、前方に上学部の男子生徒と女子生徒の姿が見えた。

 女子生徒は男子生徒の腕に触れ、差し入れらしきものを差し出したのだが、男子生徒はその手を振り払ってしまう。はずみで女生徒はよろけてしまい、あっと、ヒルトの声が漏れる。

 差し入れの包みが地に落ち、女生徒もその場にしゃがみこんでしまうも、男子生徒は振り向かずに立ち去ってしまい、ヘッダたち女子が、上級生の女生徒の元へと駆け寄っていく。

「お怪我はありませんこと?」

「あ、ありがとう」

 声を掛けるヘッダと落ちた包みを拾うオティーリエ。

「立てますか?」

 ヒルトは王子様のように手を差し伸べ、女生徒を立ち上がらせる。ヒルトはどう見ても女の子なんだけど、こうやって女子のエスコートを自然にやっちゃうところが、某歌劇団の男役のように見える。

「あなたたちは……」

「騎士科の訓練を見学しにまいりましたの」

「そう……、恥ずかしいところを見せてしまったわね」

 寂しそうなそれでいて恥ずかしそうにしていた女生徒に、オティーリエが拾った差し入れの包みを差し出す。

「中は大丈夫でしょうか?」

「これは」

 話している最中にぐぎゅううううっと、テオのお腹の音が鳴って、みんなの視線がテオに集中する。

「え、っと、なんか、話の邪魔してごめん」

 さすがにタイミングが悪いと思ったのか、気まずげにテオが謝る。

「よかったら、これをどうぞ。バゲットサンドよ。形が崩れていても良ければ受け取って?」

 沈痛な面持ちだった女生徒は、少しだけ笑みを浮かべて、包みをテオに差し出す。

「え?! いいのか?!」

「そうじゃないでしょ」

 ぽこんとテオの頭を叩いて、女生徒に訊ねる。

「これは先ほどご一緒だった方にお渡ししたかったのでは?」

「いいの、もう。私が勝手に彼に押し付けようとしていただけ」

 そういった瞬間、ポロリと涙をこぼす女生徒に、ヒルトが慌てて自分のハンカチを差し出す。

 一部始終を目撃してしまったことだし、ここで何も聞かないで立ち去るのは、なんだか……良くないよねぇ? あと、フェミニストってわけじゃないんだけど、泣いてる女性を一人で残すのも、なんか嫌だよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る