第9話 ヒロインであろう令嬢の存在

 婚約破棄をするのが、僕ではなくイジーである可能性が示唆された。

「アル、その顔やめろ」

 ネーベルの声でハッとして自分の顔を両手でムニムニとほぐす。

「ちょっと待ってね? ……婚約破棄をする王子様がイジーにチェンジ? 母上だけじゃなく、イジーにも?」

 手を出す気なのか?

 ただでさえ国王という重責を背負うことになるのに、そのための学習を受けて努力をしているのに、それを全部ご破算にするようなことをさせるのか?

 あのくそ女神が!

「だから、落ち着けって」

「痛っ!」

 ピシッとデコピンをされておでこを押さえる。

「イグナーツ様は見るからにブラコンだけど、アルも相当ブラコンだな」

「だ、だって!」

 僕だけじゃなく、イジーにもざまぁフラグが立ってるんだよ?!

「いつもの冷静なお前はどうした。そんなことじゃ、女神の思うつぼだぞ。ちょっと落ち着け」

「……冷静でなんか、いられるわけない。だって弟が狙われてるんだ」

 くそ~、なんか、なんだか、すごく、歯がゆいっていうか、悔しい!

 そんな心の中が荒れ狂ってる僕に、ネーベルは進言する。

「だからこそだ。お前がそうやって心を乱していたら、女神はソコをついてくる。お前の話やオティーリエ様の話を聞いて、俺はそう思ったぞ。女神は無警戒だったり、不安だったり、心に隙があるところを狙ってる」

 そうだ。母上の事は、シルバードラゴンとの盟約が切れたから、その隙をつかれたけど、国王陛下や元愉快なお仲間たちのやらかしは、ネーベルが言ったような無警戒だったり、何かしらの心の隙があったからだろう。

「できるだけイグナーツ様との時間をとったほうがいい」

「うん」

「大丈夫だ、アル、一人じゃない。俺もヒルトもヘッダ様たちだっているから」

「うん」

 弱気になるな。心を乱して突っ走るな。よし、大丈夫だ。まだそうと決まったわけじゃない。

「オティーリエ、有益な情報だったよ。ありがとう」

「いえ、今までさんざんアルベルト様にご迷惑をおかけしたのです。これぐらいどうということはありません。というか、わたくしが話したかった本題は別にあるのですが、いいですか?」

「あ、そうだったね? なんだろう?」

「『しいでき』に出てくる本来のヒロインのことです」

 そういやそれも、僕のざまぁフラグの一つだったな。

「名前は、アンジェリカ・ブルーメ伯爵令嬢。母親であるゼリーナ・ブルーメ前伯爵は、五年前にお亡くなりになっていました」

 なるほどね。そこは変わらないのか。

「ブルーメ伯爵代理は『しいでき』の内容通り、ゼリーナ・ブルーメ女伯が亡くなってすぐに、愛人とその間に出来た子供を引き取り、伯爵家の屋敷に引き入れています」

「調べたの?」

「はい……。その、本当ならもっと早く調べているべきだったのですが、わたくしが不甲斐ない状態でしたので」

 調べ始めたのは二年前からだったそうだ。

「そっか、でも調べてくれてありがとう。それで彼女は小説通り?」

 僕の問いかけに、オティーリエは頷く。

「父親と継母に虐げられているという話は、使用人からの聞き込みで調べがついています。でもそれがどこまで本当のことなのか、それから彼女がどんな性格なのかは、報告書だけでは何とも……」

 そうだよね。その報告書は聞き込み相手が、誰にどれだけ傾いてるかによって、対象の印象も全く変わってくるし。


「……アンジェリカ・ブルーメ嬢、確かイグナーツ殿下の最初のお茶会の時にいらしていたはずですわよ」


 ヘッダの記憶力良すぎっ! っていうかさ、僕が思うにヘッダって、ギフテッドなんじゃないか?

 そしてオティーリエも驚いた顔でヘッダを見る。

「あの頃のオリー様はまだ令息たちに囲まれてる状態でしたし、気が付かなかったかもしれませんけれど、ネーベル様もヒルトも、騒ぎがあったの覚えておりませんこと?」

「「「あっ!」」」

 ヘッダの話にオティーリエだけじゃなく、ネーベルもヒルトも何かを思い出したようだ。

「そう言えば騒ぎがあったな」

「お茶会の会場から誰かがいなくなったと聞きました」

「でも確かすぐ見つかったのですよね? そう、イグナーツ殿下が見つけられたとお聞きしましたけど、そう言えばあの後どうなったのかしら?」

 ネーベルとヒルトとオティーリエの会話に、ヘッダが猫のように目を細めながら笑う。

「どこぞの令息が、可愛らしい子ウサギのようなご令嬢にお近づきになりたくて声を掛けたのに、ご令嬢は嫌がって会場外へ逃げ出したそうですわ。お声を掛けた令息は、逃げるご令嬢を執拗に追いかけまわして、逃げたご令嬢は池にポチャリ。そのポチャリと落ちたご令嬢を助けたのがイグナーツ様でした」

 へー。そんなことがあったのか。

「池ポチャしたご令嬢が、アンジェリカ・ブルーメ嬢でしてよ?」

 え? なに、それ? なんか、それこそヒロインの初恋話のエピソードみたいなんだけど?

 するとオティーリエがぼそりと呟いた。

「女神の筋書き」

 そこからもうすでに仕掛けてたって事かよ!

「アンジェリカ様のことは、わたくしたちも心に留めておきます。それからアンジェリカ様の異母妹ですが、お名前はハイデマリー・ブルーメ。でも、このお名前の伯爵令嬢は新入生にいません」

「……父親は伯爵代理なんでしょう? いわゆる婿養子なんだよね? 女当主が亡くなった後、婿養子の籍ってどうなるの?」

 アンジェリカ・ブルーメ嬢が成人して伯爵を継ぐまで、伯爵代理としてブルーメ姓を名乗るのか。亡くなったらブルーメから籍を抜いて、結婚前の名前に戻り、代理を続けているのか。

「その手の取り決めは個々で違っておりますから何とも言えませんわね。ブルーメ家がどういった形態をとっていたかによって変わると思いますわ」

 そうか、そこは家ごとに違うんだね。

 でも爵位を継ぐのは娘なんだし、そういった財産管理人は用意しておくものじゃないのか? だって伯爵代理がどこまでできる人かわからんのだし。

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