第8話 配役チェンジの可能性が浮上した
転生前のオティーリエ、前世の『彼女』は高校生だったそうだ。
ただ幼い頃から、周囲に可愛い可愛いと持て囃されて、なんというか、異性から異様に好かれるのは、その頃も同じだったのだという。本人曰く確かに容姿はそれなりに整っていたが十人並み程度で、今のオティーリエに比べれば月とすっぽん。周囲の女子には、もっと可愛くって美人で性格も良い子がいたそうだ。
にもかかわらず、何故か異様なほど男受けが良く、周りには好意を示す男子ばかり。そんな状態だから当然のごとく、陰口や仲間外れにされて女子の友達が作れずにいた。すると、それを知った男子に、ますます自分たちが守ってやらなきゃという、変な使命感を持たれていたらしい。『彼女』を守ることに特に躍起になっていたのは、幼馴染みのイケメン男子だったそうだ。
『彼女』はそんな状況が嫌で嫌でたまらなく、嫌われても構わないという気持ちで、そばに寄ってくる男子には、近づくなと冷たくあしらって遠ざけていたが、全く効果なかったそうだ。
そんな状態だから、『彼女』がラノベにのめり込んでしまったのも、まぁ、わからないでもない。特に女子向け小説のヒーローは、理想が詰めこまれているものだし、現実にはいないとわかってるから余計に憧れたのかもね。
前世のオティーリエ『彼女』が死んだ理由になるのだが、厳密に言うと『彼女』は、駅の階段から突き飛ばされて、殺されたのだそうだ。
原因は『彼女』の傍にいた例のイケメン幼馴染み。イケメン幼馴染みは、とんでもなく女子にモテて、告白もひっきりなしだったが、告白は片っ端から断り、恋人を作ることなく、ただひたすらに『彼女』の傍にいた。
そのイケメン幼馴染みが好きだった女子に逆恨みされ、幼馴染みと別れろと難癖をつけられ言い争いになり、駅の階段から突き飛ばされたのだと言う。
「階段から落ちるとき、それから気を失う……いえ、あれは死ぬ間際ですね。女の人の笑い声が聞こえたんです」
「笑い声」
「はい、大笑いしてるようなものではなく、声を潜めてクスクス笑う感じって言えばわかりますか?」
「うん」
「思えば、あの笑い声……。あの世界で生きていた私に、何かあるたびに聞こえていたんです」
それは女子の友達をつくろうとして失敗したときとか、付きまとってくる男子に近寄るなと言ったときとか、周囲と軋轢が起きるときに、聞こえていたそうだ。
だけどその笑い声は、悪意があって嘲笑する感じでもなかった。楽しげで、無邪気で、鈴を転がすような、そんな軽やかな笑い声だったらしい。
「どうして、忘れていたのかしら……」
ブルブル震えながら、オティーリエはつぶやく。
「あれは、いえ、あれが、アルベルト様が言っていた、女神の干渉……。全部が全部、女神の仕業だっていうのは、思い過ごしだとか、都合がいいとか、いいわけだとか、そう思われても仕方がないですけど、でもどこからどこまで、あの女神が関わっていたのかも、わからない」
オティーリエの握りしめている両手が白くなっている。
「今、自分の中のこの感情がなんなのか、どうしたらいいのか、わからない。でも、でも……」
ぎゅっと目を閉じながら、オティーリエがつぶやいた。
「とても、悔しい……!」
それは、よくわかる。
僕の身に起きたこと、母上がされたこと、あれや元愉快なお仲間たちの、一見自分たちの意思で、行われたように思えたそれが、実は人ならざるモノが故意に誘導した仕業だって知ったとき、僕だってはらわた煮えくりかえった。
「大事な話をしている最中なのに、申し訳ありません」
「いや、謝らないで。この話を聞いて取り乱さないほうがおかしいと思うしね」
「アルベルト様は、この先も、女神の介入があると思っているのですね?」
「うん、僕らがこの学園を卒業するまでの間に、何かが起きて、それから卒業の時に決定的なことが起きると思うんだよ。それこそラノベの婚約破棄劇場のようなことがね」
その主演が、誰なのかは、今のところ不明だけど。
「そうですね。警戒はしておくに越したことはありません。わたくしも何かあったらすぐご報告」
途中で言葉を途切れさせたオティーリエは、何かを思い出したような顔をして、僕とそれからヘッダの顔を見比べる。
「どうしたの?」
「……アルベルト様にお伝えしたいことなのですが」
「うん?」
「今の話で、わたくしもう一つ思いだしたんです」
なんだろう?
「以前アルベルト様に話したラノベ『しいでき』についてです」
「あぁ、あれね?」
「あの話の王太子は、確かにアルベルト様と同じお名前でした。でもあの王太子、性格もですけれど、アルベルト様と全然似ていません」
「ん? どういうこと?」
「あの王太子は、黄金の髪に紫の瞳なんです」
あれ? それって……、もしかして?
「性格は前にもお話ししましたよね? 寡黙で思慮深い。そして『虐げられた伯爵令嬢は、氷の王太子に溺愛される』というタイトルについている『氷』。あれは、王太子の魔力の属性でもあるんです」
ちょっと待って。黄金の髪と紫の瞳、寡黙で、魔力が『氷』なのは、今のところ一人しかしないんだけど?
「私がイグナーツ殿下を見て、前世の記憶を思い出したのは、イグナーツ殿下があまりにもあの王太子とのイメージが似ていたからです」
そう告げてからオティーリエは隣にいるヘッダを見る。
「ヘドヴィック様、イグナーツ殿下との婚約は内定になられているのですよね?」
「えぇ、本決まりでしてよ? ただし、公式発表はわたくしの希望で控えさせていただいております」
そうなんだよね。ヘッダってば発表は卒業まで待ってほしいって言って止めたんだよね。王妃様もそれでいいと言ってるし、宰相閣下や国議に参加してる貴族たちも、国王陛下のことがあったから、決まったからと言って、すぐに発表するのはやめたほうがいいんじゃないかってなったそうだ。
「イグナーツ殿下は、ヘドヴィック様との婚約のこと、お知りになっているのですか?」
「えぇ、もちろん。この学園で親交を深めるようにと、わたくしもイグナーツ様も言われておりますわ。もともとアルベルト様のところでご一緒させていただいておりましたから、今更の話なのですけれども」
ヘッダの話を聞いたオティーリエは再び僕へと向き直った。
「婚約破棄騒動、もしかしたらアルベルト様ではなくイグナーツ殿下に配役替えになって、起きるのではありませんか?」
今の話を聞いてたら、まったくないとは言い切れない。むしろその可能性が高いと思った。
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