第7話 たぶん二人は仲が良い

 僕らの様子に気が付いたオティーリエは、苦笑いを浮かべて頭を下げる。

「嫌な空気にさせてしまいましたね。申し訳ございません」

「まったくですわ。わたくし可哀想ムーブは、やめていただきたいものですわね」

 ヘッダさ~ん? いや、わかるよ? 過剰すぎる自虐とか反省は、周囲だけじゃなくって、している本人にだってよくないし、君のその性格なら、そんなことしてる相手に指さしてプギャーってやりながら、悲劇のヒロインぶってんじゃねーよって、とどめをさしたくなっちゃうのもさぁ。

 だけど、ほら、それをやるともっと追い詰められちゃう子と、そうじゃない子がいるからね?

「気に障ったなら、どうぞ退席なさってください」

 お?

「あらあらあら。わたくし相手でしたら、泣き落としも使えませんものね?」

「そんなこといたしません! だいたいアルベルト様にそんな手は効きませんわよ」

 おおぅ?

「当然でしてよ。引っかかるのは、貴女の外見にとち狂った、頭空っぽな殿方だけでしたわ」

「その頭空っぽな殿方にも相手されないのはどなたかしら?」

「追い払う手間が省けてとっても楽ですわ~」

 心配せんでも大丈夫そう。っていうか、刀鍛冶が刀を作る前の鉄塊を折り返し鍛錬するみたいに、オティーリエはこうやってヘッダに鍛えられたんだろうなぁ。

「ヘッダ様、アインホルン公女、そこまでにしてください。アルベルト様とのお話が進みませんよ」

 ヒルトの仲裁で、二人とも口を閉ざす。

「お話の途中で茶々を入れてしまいましたわね。お許しになって?」

「申し訳ありません。ヘドヴィック様、それ謝罪ではありませんわよ。もっとちゃんとアルベルト様に謝罪なさって」

「わたくしはこれぐらいの軽口を言っても許されるだけの親交を深めていますわ」

「ヘッダ様! 今、言ったばかりですよ! そうやってアインホルン公女をからかうのはおやめください」

「だってすぐ反応して、からかいがいがあるんですもの」

 ヒルトにまたもや叱られるものの、ヘッダは懲りた様子はない。

「……ブリュンヒルト様、庇ってくださってありがとうございます。でもその方、こうやってわたくしをからかって、その反応を見ないと生きていけない可哀想な方ですの。そっとして差し上げてください。それから……、わたくしのことは、どうかオティーリエと呼んでくださいませんか? クレフティゲ様も。お願いします」

 うん、これは一方的にヘッダにからかわれてるんじゃなくって、オティーリエも遠慮なくやってるな。っていうか、そういうことが出来る相手になったんだろうね。

「あの、でしたら私のことは、ヒルトで。ブリュンヒルトは呼びにくいでしょう?」

「俺のことも名前で大丈夫です」

「ありがとうございます」

 ヒルトとネーベルの言葉に、オティーリエははにかんだように微笑んだ。

「それでアルベルト様。わたくしの話は、急ぎの話ではないので、先にアルベルト様のお話をお聞かせください」


 オティーリエに促されたので、シルバードラゴンから聞いた僕が初代マルコシアス当主の魂の持ち主で、もともとこの世界の住人だったこと、本来ならマルコシアス家の人間として繰り返し生まれ変わること、それから女神ウイステリアの干渉があることを説明させてもらった。

 僕がもともとこの世界の住人であったことに関しては、オティーリエは特に驚くことはなかったのだが、女神ウイステリアの話をしていくうちに、最初は驚きその次に興味深そうにしていたが、徐々に表情が強張っていく。


「僕にあれだけの干渉があるということは、たぶんオティーリエの方にも、気が付かないけれど何かしらの干渉があったと思うんだよ。特に君の魅了チャームについては、女神ウイステリアが何か施したんじゃないかって思うんだけど」

「アルベルト様、お待ちになって」

 途中でヘッダが制止の声をだす。

「オティーリエ様! 息をなさい!」

 オティーリエの隣に座っていたヘッダが、強い声音で名を呼んで肩を揺さぶると、カヒュッと喉が鳴り、そこから激しく咳き込み始める。

「ゴホッ……」

 ハンカチを出して口元にあてるオティーリエの背をヘッダが落ち着かせるようにさする。

「水差しとグラスを」

 僕の指示にランツェがすぐさま水差しとグラスを用意する。

「ヘドヴィック様、こちらを」

 ランツェから水の入ったグラスを受け取ったヘッダは、咳き込むオティーリエの背をさすりながらグラスの水を飲ませる。

「ゴホッ……、コホ……、も、申し訳、ありません」

「ううん、謝るのはこっちだね。いきなりこんな話をして、驚かせちゃったよね」

「いえ……、違うんです」

 咳が収まったのか、何度か深呼吸を繰り返し、オティーリエは口を開いた。

「そうじゃ、ないんです。アルベルト様の話を聞いて、わたくし……、思い出したんです」

 まだ顔色は青いまま、首を振りながらオティーリエは告げた。

「前の世界……、ここに転生する前の自分が、どうして死んだのか。それから、そのあと、何があったのか……」

 え……、それは聞いてもいい話なのだろうか?

「言いにくいなら、その……亡くなったときのところは、話さなくてもいいよ?」

 するとまたもやオティーリエは首を振った。

「アルベルト様の話を聞いて、きっと前世のわたくしの死も、関わりがあると思うんです」

 震える両手をぎゅっと握りしめながら、オティーリエは目を伏せる。

「どうか、聞いてください。きっと、この話は、アルベルト様にお聞かせしたほうがいいと、思うのです」

 そうして、オティーリエは前世の自分の話を僕らに話し始めた。

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