第3話 寮館に戻ったらアポなし来客がいた

「アルベルト殿下に対して父がしたことは、アインホルンを取り潰しになってもおかしくなかったと思います。なのに父の無礼を咎めることなく、わたくしに対しても、見捨てずに手を差し伸べ続けていただき感謝しております。本当にありがとうございました」

 アインホルン公女は、昔からこういう潔さがあるんだよね。ほら、宿題出した後の会談のときも、会うのは気まずかっただろうに、ちゃんと答えを出して会いに来たし。

 それでも、今アインホルン公女は、僕と向き合うのに、すごい勇気を振り絞ってると思う。

「魅了の話、ヘッダから聞いた?」

「はい。ヘドヴィック様のおかげで、とても、楽になりました」

 そう言ってアインホルン公女は自分の手首につけているブレスレットに触れる。

「そう、それは良かった」

「……アルベルト殿下、いつでもいいので、ちゃんとしたお時間を頂けませんか? アルベルト殿下にお話ししておきたいことがあるのです」

 何やら思いつめた表情で、アインホルン公女は懇願してきた。

「いいよ。それから、こういう親しい友達と一緒の時は、殿下はいらないからね」

「わたくしのこともオティーリエとお呼びください。『嬢』もいりません」

「ヘッダたちがいるときならね。さすがに大勢の前ではつけるよ」

 ヒルトやヘッダにも、公的な場所ではちゃんとつけてるし。


「おーい! アル! この近くのショップ街に行こうぜ!」

 この後の行先の話し合いが終わったのか、テオが手を振りながら声を掛けてくる。

「カフェテリアには寄らないよ? この時間に間食したら、ディナーが食べれなくなるからね」

「うっ! の、飲み物ぐらいはいいだろう?!」

「飲み物だけならね。ケーキ類は頼まないように」

「わかってるって!」

 わかってねーだろー。これ絶対何か食べるぞぉ。


 ショップ街はそこそこ人影が多かった。きっと在校生と、僕らのように下見をしている新入生がいるのだろう。

 ざっと見たところ、飲食店は結構あった。そのうち二軒は姉妹店のようだ。そこは姉妹店があるほどだから、人気があって人数も多い。

 本格的な散策は、入学後でも十分できるので、今日はざっと、ショップ街の全容を確認するだけにした。

 ショップ街は王都ほどの広さはないけど、さほど変わらない賑わいがある。ただ違和感があるとしたら、大人よりも子供の姿が多いということ。子供中心の学園都市なんだから当たり前なんだけどね。

 貴族の子女を預かっている場所のためか、大人向けのいかがわしい店はなく、そしてスラム街もない。

 学園都市内で暮らしているのは、在学中の貴族の子女の他は、教職員やその家族、学園内の警備とか整備に携わっている者、後はこの場所で店を営んでいる者だ。

 限られた人がいる場所だからこそ、そういった管理も徹底しているのだろう。

 在学している生徒や教鞭をとっている教師、そして学園都市内で店を営んでいる者は専用の入管証を持っているので、比較的スムーズに学園都市への出入りができる。

 だけど店や学園内の仕入れ業者には厳しいチェックが課せられているのだ。

 だから、職にあぶれたものが、この学園都市に流れ着くということもないし、外からやってきたものが、子供を置き去りにしていくということもない。

 在学中の生徒の保護者は、仕入れ業者ほど厳しくはないが、それでも事前連絡を入管場所にいる門番兵にしておく決まりがあるのだ。連絡の行き違いで入れないということは、ままあるらしい。だけどこの学園都市は王都に近い場所にあるからね。


 それでも絶対安全とは言えないのだろうね。

 悪いことを企むやつは、ほんの少しの隙間から、どうやって入るかを考えるのが得意だからねぇ。

 そして女子グループは、あまり遅くなって寮に戻るのは良くないので、お茶を一杯飲んだ後に、女子寮まで送って、僕らも寮館に戻ることにした。


「おかえりなさいませ。アルベルト様。お客様がいらしてます」


 戻ったら、出迎えてくれたシルトに、来客が来ていると言われた。

「え? 来客の予定なんかあったっけ?」

「ございません」

 ここは王宮でも僕がいたシュトゥルムヴィント宮でもないから、唐突に来客が来ることもあるだろうけれど、でも一応王族がいる場所だから、前もっても面会の申請とか来客の連絡とか、そういうのはあるんだよねぇ。

「まぁいいや。どこ? 会うよ」

「来客室でお待ちいただいております。こちらへ」

 シルトに案内されて来客室に入ると、そこには見たこともないおじさんと若いお兄さんがいた。

「お待たせしました。どちらさま?」

「お初にお目にかかります。私は下学部の学長をしているブルーノ・シェーナーです。こちらは私の秘書、ダーフット・ザルツです」

「初めまして、アルベルトだよ」

 ミドルネームのほうで名乗ったせいかシェーナー学長は戸惑った様子を見せる。

「えー、殿下の素性をお隠しになって、入学されるということでしょうか? そういった通達は王家のほうからは来ていないのですが……」

「普段はミドルネームのほうを名乗ってるからね。リューゲンでもアルベルトでも好きなほうで呼んで」

「さ、左様でございますか」

「うん、それで、僕に何か用があるの?」

 だらだら世間話するのは性に合わないから、さっさと本題に移ることにする。

「新入生代表の挨拶をリューゲン殿下にお願いしたくまいりました」

 要件を切り出したのは学長ではなく秘書の方だった。

 新入生代表の、挨拶ねぇ……。

「ちょっと聞きたいんだけど」

「なんでしょうか?」

 学長ではなく秘書が返事をする。ん~、もしかして、これ……。

「新入生代表ってどういう基準で選ばれるの?」

「基準ですか?」

「そう、今回その代表の挨拶を僕ないしイジーにさせようとするのは、僕らが王族だからだよね? でも毎年王族が入学してくるわけじゃないでしょう? 王族がいないときの新入生代表の挨拶ってどうやって決めてるの?」

 僕の質問に学長は戸惑った様子で答える。

「それは、その、入学試験の成績順で」

「成績順かぁ。でもそれ、平民が首席だったら、貴族の子に挨拶させてるよね」

 僕がそう言うと、学長も秘書も口を閉ざしてしまう。

「成績順って決まってるのに、地位が高い人に挨拶させるって、そういうのよくないよぉ。学業においては平等なんでしょう? それなら、地位関係なく首席の子に挨拶させなよ」

 何を思ってこの話を僕のところに持ってきたかはわからないけれど、どーもきな臭いというか引っかかるんだよねぇ。

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