第23話 シルバードラゴンは女神が気に食わない
もともと僕はこの世界の人間で、前世に限っては女神の介入で地球に飛ばされた。そして今はシルバードラゴンのおかげでこの世界に戻ってくることが出来たというのは理解した。
「でも、前の記憶が残ってたのはなんで?」
「知らぬわ。そこまで我は干渉しておらぬ。そも、人の子が生まれ変わりに、記憶を引き継がぬことも知らなかったのだぞ?」
シルバードラゴンが言うには、この世界のドラゴンは単体生物なんだそうだ。
番制度というものもなく、相手が居なくても卵を産む。そして卵を産んで、その卵が孵るまでは、大体五百年ぐらいかかるらしい。
ドラゴンが卵を産むのは自分の寿命が近くなっているからで、シルバードラゴンもそういう状態だったところに、人間が縄張りに不法侵入してきたものだから、ふざけるなと、怒り狂ったそうだ。あれ、ほら、出産したばっかりの猫と同じだったんだろうなぁ。
それで、本来なら我が子が孵ったところを見届けてから亡くなるはずが、シルバードラゴンの場合は、自分が亡くなった後に卵が孵った。そしてその孵った卵が自分だったというわけだ。
盟約によって、アルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスの魂が、マルコシアスの血筋に固定されたように、シルバードラゴンは肉体が滅んでも、自分が産んだ卵の中身に記憶が引き継がれるようになったのだ。
そんなわけで、シルバードラゴンは、生物は生まれ変われば、記憶は引き継がれるものと思っていたらしい。
異種族間の認識差異、あるあるだね。
「今の話を聞くと、アルの前の人生の記憶が残ってたのは、神様の力……権能ってやつか? それを使って、この世界に呼び戻したなごりみたいなものじゃないか?」
ずっと考えこんでいた様子のネーベルが、ぽつりとこぼす。
「アルの前の人生の記憶に欠落があったり、最初は覚えていたけど忘れてしまったというのは、引き戻す権能が思いのほか強いもので、少しだけアルの中に残ったからっていうのは、さすがに都合よすぎる解釈か?」
「可能性としてはありだよね」
どちらにしろ、この世界の創生者と言われる神様たちは、直接、人間に何かしらの言葉を伝えたり残したりはしない。神殿の神の声を聴くと言われる巫女や神薙と言われる人たちは、神から直接神託を受けるのではなく、神の使いである
シルバードラゴンと初代マルコシアス家の当主の場合は、シルバードラゴン自体が神の使いの役割を背負ったのだろう。
僕の記憶に関しては、それこそ神のみぞ知るということだろう。
「そういえばさ、王家にマルコシアス直系の血を入れるなっていう家訓が残ってるんだけど、それもシルバードラゴンとの盟約なの?」
「盟約ではないが、そも、我とアルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスと盟約を交わすに至った原因であろう?」
「ん? どういうこと?」
「今の王族は、王国が出来る前の王と血の繋がりがあったではないか」
「あったの?」
「あった。どのぐらいの近さかは知らぬが、血族の一人であったことは確かだ」
なるほど、例えを出すなら王様の親族の誰かが、クーデターを起こして、新しく建国したってところかな? 王朝が変わるのではなく国の名前そのものが変わってるのは、王位を継げるほどの血の近さではなかったとか、血の繋がりがあることを広報できる立場ではなかったか、表向きは血の繋がりがない赤の他人だったんだろうね。
「あのさぁ、じゃぁ、マルコシアスの直系である母上が国王陛下と婚約したり側妃になったり、シルバードラゴンには腹立たしいことしちゃったわけじゃない? それについては……、謝ったほうがいいのかな?」
「あぁ、そなたの母御のことは、小賢しいあの小娘の介入があったのだから致し方あるまい」
「え?」
「そうか……、それも人の子が識別できぬものか。盟約の反動でマルコシアスの者は、無意識に王族と血を繋げることを忌避するようになっておる。にもかかわらず、そなたの母御が王族の人の子に惚れ、嫁ぐに至ったのは、小娘が介入したゆえぞ?」
「小娘って女神ウイステリアだよね?」
「あの小娘は神を名乗れるほどではないわ」
辛辣ぅ~。にしても、女神ウイステリアは。余計なことしかしねーな? 母上が国王陛下に惚れたのは、女神ウイステリアの介入か。厄介だなぁ。
「小娘は創生者から権能を封じられていた理由に気が付いておらん。調子が悪かったからしばらく権能が使えなかったと思うておるわ。そのような矮小な存在が、神を名乗れるものか。烏滸がましいにもほどがあろうよ」
「権能を封じられたのは、僕の魂を異世界に飛ばしたからだよね?」
「左様」
能力値や地位的に創生者たちのほうが、女神ウイステリアよりも上なのか。
「この先も女神ウイステリアの介入ってある?」
「されている真っ最中だな。が、心配するには及ばぬ」
真っ最中なの?! だけど心配しなくてもいいってどういうこと?
「そなたは創生者のお気に入りではないか」
創生者の強い加護が僕にはついているから、女神ウイステリアが何かを仕掛けてこようとも、最悪な事態にはならないと、シルバードラゴンは言った。
「そなたの母御は、あるべき場所に戻ったであろう? あれは小娘の求める道筋を潰したからよ」
え? あれはそういうことなの?
「さぁ、そろそろ盟約を結びなおそうぞ」
あ、そうだった。ここに連れてこられたのは、盟約を結びなおすためだったんだっけ?
「うん」
僕が返事をすると、シルバードラゴンの体が発光しはじめる。
「今、ひとたび、我の魂とそなたの魂で、盟約を結ばん」
シルバードラゴンから放たれる光が、僕の中に入って、僕の体も発光する。
なんだろう、このふわふわとした浮遊感。どこかに飛ばされそうな感じ。浮遊感が治まると発光も消える。
「なんか変わってる?」
隣にいたネーベルに訊ねると、ネーベルはぶんぶんと首を横に振る。
「いつものアルだから、大丈夫だ」
よかった。外見が変わったりしたら、母上やおじい様たちも心配しちゃうもんね。
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