第22話 異世界に転生した事情

「あのさぁ、君のその話だと、初代マルコシアス家の当主は、マルコシアス家の人間として、何度も生まれ変わってるってことでしょう? でも、僕は、違うよね?」

 そこで、はっとして隣にいるネーベルを見る。


「えっと、ネーベル。僕、一つだけネーベルに隠し事してたんだ」

「今のアルとして生まれる前の記憶があるって事か?」

 ネーベルは時に驚いた様子もなく、いつもの口調で言った。

 今までの会話聞いてたらそう思うよね。

「うん。六歳の時にね、生まれ変わる前の記憶がいきなり頭の中に湧いてきた。実はね、その記憶が湧いてくるまで、僕は自分の思考と肉体が直結してなかったんだ。だからいつもぼーっとしていた。きっかけは母上が物を壊した音で、そこでようやく思考と身体が繋がって、ついでに、その生まれる前の記憶が湧いてきたんだ」

「どんな世界だったんだ?」

「この世界と似ているようで、似てない世界。魔力も魔術もない世界なんだ。魔獣のような危険な生物もいなかった。文明はここよりも発達していたかな?」

「そこで、アルはどんな人生を送ってたんだ?」

「それが、もう思い出せないんだよ。昔は少しだけ覚えてたんだけど、生まれ変わる前の自分がどういう生き方をしていたとか、そういうのはさっぱり。あの世界の歴史とか、どんな娯楽があったとか、どんな道具があったのかとか、そういうちょっとした知識が残ってるだけ」

 僕の説明に、ネーベルはそうかと頷く。

「知り合ってから、アルにはなにか、複雑な事情がありそうだなとは思ってた。まぁ王子殿下だし、貴族って言っても庶民に毛が生えたような前の家にいた俺には、想像もつかないことが多かったんだろうなって。もしかして、それで、成人したら王子やめるってなったのか?」

「うん、そう。王子様やめるのは、僕が、『ざまぁみろ』って感じにならないため。なんだか、こんなこと話してる僕が言うのもおかしいけど、こんな現実味のない物語みたいな話、信じてくれるの?」

「いや、だって、今まさに、物語みてぇな状態じゃないか」

 そう言って、ネーベルはシルバードラゴンを見る。

 そうだったー! ここに飛ばされた行程も、今シルバードラコンがいて話をしていることも、普通なら誰も想定してない出来事だよ。

「それにアルがそんな嘘を俺に言う必要がないだろ」

「うん、そうだね。信じてくれてありがとう」

 僕、生まれ変わって一番よかったのは、ネーベルっていう友人を持てたことだと思う。


「シルバードラゴン、話を中断させてごめん。何処まで話したっけ?」

「そなたの魂はマルコシアス家の血筋に生まれ変わるように固定されている。というところまでだな。固定されているものがなぜ外れたのか。今より前の生がなぜこの世界ではなく、他の世界であったのか。そなたが知りたいのはそこであろう?」

 あと、なんで今回に限って前世の記憶が残っているのか。だけど、そこはたぶんシルバードラゴンもわからないかな? 神様の領域になるのかな?


「そなたの魂が、他の世界に渡ったのは、あの小娘の仕業よ。後からやってきたというのに、道理は通さぬわ、我らの盟約を勝手に解除するわ。創生者たちが寛容であることをいいことに、好き勝手のさばりおってからに」


 ん? ん~? どういうこと?

「小娘?」

「誰だ?」

 シルバードラゴンの話で、まっさきに浮かんだのはアインホルン公女だけど、でも彼女もここに転生したって感じだし、それは自分の意思だったって感じでもなかったしなぁ。

「人の子たちからは『女神』と呼ばれておろうが」

 シルバードラコンの言葉にハッとする。

「あっ! もしかして、女神ウイスタリア?!」

「ウイス教の本尊か!」

 ええ?! そっちも存在するのぉ?

「あの小娘は、創生者たちがこの世界の理に干渉せぬのをいいことに、勝手にこの世界を管理しはじめたのだ」


 ここからも、シルバードラゴンの話を要約するに、女神ウイスタリアは突然この世界にやってきて、過去の文明が発達していない頃の地球によく似た、自然豊かなこの世界を気に入り、勝手に管理者になって、この世界の人間に神の権能を執行し始めた。

 たぶんこれが広まって女神ウイスタリアが信仰されたのだろう。

 もともといた創生者たちは、この世界の理に干渉し壊さない限りは、女神ウイスタリアが何をしようと好きにさせておけという意向らしい。よそからやってきた羽虫がはしゃいでいる程度の認識なんだって。

 シルバードラゴンも、女神ウイスタリアのことは、目に余るようなら創生者たちが仕置きするだろうって思っていて、自分に直接関係ないのならば、放置でいいと思っていた。

 でもそれは、僕が、というよりも、シルバードラゴンと盟約を結んでいる、アルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスの魂を勝手に異世界に飛ばさなかったら、の話だ。

 正直なところ、シルバードラゴンは女神ウイスタリアが、何を考えてそんなことをしたのかまでは知らない。知らないけれど、女神ウイスタリアが僕の魂に目を付けたのは、創生者の加護がくっついていたからだろうと、推測しているそうだ。


「創生者の加護があって、質のいい魔力を持っているのが良かったのだろうな。あの小娘がやりたい何かに、そなたの魂はちょうどいい贄だったのだろう」


 そして、女神ウイスタリアは、シルバードラゴンとの盟約を解除して、アルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスの魂を異世界に飛ばしたのだという。

 つまり、本来この世界で転生を繰り返しているはずの僕が、この世界ではなく地球での人生を歩むことになったのは、女神ウイスタリアのせいだったということだ。


 だけど、ここで一つ忘れてはいけない。

 シルバードラゴンとアルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスの盟約は、創生者の調停で行われたのだ。

 創生者も印づけするほどのお気に入りが、勝手に他の世界に飛ばされたのだから、まぁ、ムカ着火ファイアーどころか、ムカ着火ファイアーインフェルノで、女神ウイスタリアに神罰を食らわした。女神の権能の停止だ。

 僕の魂がこの世界に戻ってくるまで、女神ウイスタリアは女神の権能を人間に使うことが出来なくなった。

 一方異世界に飛ばされたアルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスの魂は、盟約が切れてしまったせいで、この世界での生まれ変わりが出来なくなってしまった。

 そこで盟約するにあたって、創生者の権能を一部与えられていたシルバードラゴンが、僕の魂をこちらに引っ張って、ようやくこの世界に戻ってくることが出来たというわけだ。





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