第21話 初代マルコシアス家の当主とシルバードラゴンの盟約
とりあえず高所の場所まで歩いてきた疲労があるので、丁度よさげな岩肌にネーベルと一緒に腰を下ろす。
「のど乾いた」
「水のみてー」
「両手を出すがよい」
シルバードラゴンの言葉に、両手を差し出すと、そこに冷たい水が湧きだしてきた。
「これ、君の仕業?」
「飲んでいいのか?」
「よい。それで渇きを潤すがよかろう」
ネーベルと顔を見合わせてから、有り難く水を貰うことにした。
冷たくておいしい。
「ぷはぁ、ありがとう。ご馳走様」
「ありがとうございます」
二人で礼を言うと、心なしか機嫌が良さげ。
「それじゃぁ、ちゃんとお話ししようか」
濡れた口元を袖口でぬぐいながら、僕はシルバードラゴンに語りかける。
「君のさっきの言い方だと、僕は初代の生まれ変わりって事でいいのかな? でも生憎と、僕はその記憶は持たないんだ。だからちゃんと説明してほしいな」
「前のものは持っておろう」
前世のことか。
「あれはもう、記憶というよりは、記録、になってるものだから、ノーカウントで。そして君の言っている初代の記憶はない」
「人は、生まれ変わると、それまでの記憶は持たぬのか」
「君は違うの?」
「肉体が老いれば、新しい肉体が構成される。記憶は継承していくものだ」
「なんだかそれは不死鳥っぽい仕組みだなぁ。ドラゴンにもそれが適用されるの?」
「他は知らん。我に関しては、そうなっておると言うことだ。それもそなた、否、アルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスとの盟約を交わすに至った情状から起きたものだ」
複雑そうな予感。それも知らなければいけないのかな?
「んー、じゃぁまず、そこからだね。僕にはその記憶がないから、初代がどうやって君と盟約を交わすに至ったのか、教えてよ」
シルバードラゴンの話を簡潔にまとめると、このラーヴェ王国の建国前にあった国が、この不帰の樹海を開拓し、国土を広げようとしたそうだ。だけど、この不帰の樹海は、シルバードラゴンの縄張りなわけで、不法侵入ふざけんなって感じで、シルバードラゴンは暴れた。そりゃもう盛大に暴れた。
その頃は、今よりももっと人と神との距離が近い感じで、神への信仰も強かったため、神の怒りに触れたのだと、人は口を揃えてそう言って、国土を広げるなんてやめたほうがいいとか、ドラゴンに喧嘩売るなんて正気の沙汰か? やめろよって風潮だった。
けど、ラーヴェ王国の前にあった国の王は、神などいないと言い張り、ドラゴンを討ち取れと、自分の臣下たちに言い放ち、何度も国軍を派遣したり、力自慢の戦士や騎士たちを派遣したり、まーやりたい放題だったわけだ。
でもさぁ、ドラゴンに、ただの人間が勝てるわけないじゃない?
そりゃぁ、勇者とか英雄とか、神様から加護を受けた、選ばれし者ならともかく、普通の人間が、ドラゴン相手に何ができるかって話よ。
結局のところクーデターが起きて、ラーヴェ王国が建国し、僕のご先祖様である、アルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスが、詫びをいれにシルバードラゴンのもとにやってきた。
いや、もー、本当に申し訳ございませんと、国土広げようとしたバカの首は獲ったんで、この樹海を切り開くことはしませんと、平身低頭で詫びをいれた。
自分がこの周辺に居を構えて、上の人間が無茶ぶり言ってきても撥ねつけるんで、この不帰の樹海の奥で静かに暮らしてくれないか? ついでに魔獣もなんとかしてほしいってお願いしたそうだ。
シルバードラゴンは、自分の縄張りに不法侵入するわ、乱痴気騒ぎを起こすわする人間なんざ、信用できるか。おめーの話なんぞ聞く耳もたん。人間は滅ぼす! 絶対にだ! あと、魔獣は勝手に湧いてくるから、自分の管轄じゃねーわ。って話を聞かなかったらしい。
だけど僕のご先祖様も、オリハルコン製の心臓の持ち主だったのか、子供のお使いじゃねーんだから、はい、そうですかって引き下がれねーんだわ! 信用できないなら、呪いでも何でもかけてくれていいから、オナシャス! って、引かなかった。
ドラゴン相手によくまぁそんなことが出来たもんだ。僕のご先祖様、変人だったのかな?
「それでどうなったの?」
「創生者の一柱が調停に入った」
「創生者?」
「この世界を作ったモノたち、そなたたちのところで言う『神』のことだ」
神様、マジでいるんかい。
「アルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスは、『ヴィント』のお気に入りだったのだ」
「神様が人間を気に入るってことあるの?」
「あるだろう? 気に入った人間に印をつけて、自分のものだから手を出すなと、やっているではないか。なんといったかな……、そうだ、加護持ちというものだな」
加護持ち、あ、ヴィントって、風の神様の名前か!
「神様が現世に干渉しちゃっていいのかなぁ?」
「直接の干渉では無い。己の贔屓に印をつけているだけだ。そなたもされているではないか」
え? そんなことされた覚えもないんだけど?
「マルコシアスの血を引く銀眼は、みな風属性で固定されていよう? それこそ『ヴィント』の印付けだ。しかも、今度は銀髪。あやつの色ということだ」
そういうことだったんかい!
「我にとってもいい目印になった」
風の神ヴィント、というよりも、この世界を作った創生者の一柱が、自分のお気に入りとシルバードラゴンの仲裁に入り、盟約を交わすことになった。
アルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスの血を引く者は、この不帰の樹海の管理者となり、時の朝廷からこの地を守ること。
シルバードラゴンは、不帰の樹海の奥から出ずに静かに暮らすこと。
これがシルバードラゴンと僕のご先祖様が結んだ盟約なのだそうだ。
盟約を結んだアルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスの魂は、マルコシアスの血筋に固定された。つまり、マルコシアス家の人間として転生を繰り返すことになったのだ。
そしてその魂を持っているのが僕だとシルバードラゴンは言っている。
あれ? でも、それだと、僕の前世は? マルコシアス家の人間として転生を繰り返すなら、何で僕には地球での記憶があるんだ?
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