第20話 招待するならもっと穏便にやって

 遠くで、鳥のさえずりが、聞こえる。それから、せせらぎの音も。あとなんか、何かが乗っかってるような

「うぅ……」

 頭を振って体を起こすと、僕のお腹にしがみついて、気を失ってるネーベルがいた。一緒に飛ばされたのか。

 ネーベルの体をゆすりながら、周囲を見回して確認する。濃密な空気と白もや。草木と土の匂いがさらに濃い。

「ここって……」

「あ、る?」

「目が覚めた?」

 目が覚めたネーベルは、しがみ付いていた腕を解いて、僕の上から離れる。

「どこだ、ここ?」

「夢で見た場所」

 僕の言葉に、ネーベルがはっとした顔をする。

「アルを呼んでるやつの仕業?」

「としか思えないよね」

 立ち上がって服に着いた汚れを叩き落とすと、まだ座り込んでいるネーベルに手を差し伸べて立ち上がらせる。

「あの時、後ろに引っ張られる感覚だったんだけど」

「アルの後ろの空間が歪んで、変な穴っぽいのが開いてたんだよ」

 そこに吸い込まれたのか。ネーベルまで一緒についてくるとは思わなかったけど……。なんでついてきたんだとか、そんなことを言うのは野暮ってもんだ。だってネーベルは、前に言ったじゃない? 僕の肉壁になる覚悟はできてるって。

 それは単に僕の身代わりで死ぬ覚悟が出来てるって言うんじゃなくってさぁ、僕と一緒に地獄までついてきてくれるって事でしょ?

 そこまで考えてヒルトのことを思い出した。

 あー、置いてきちゃった。引っ張られる僕と僕にしがみつくネーベルに、ヒルトが泣きそうな声を張り上げてたのは聞こえた。

「ヒルトに、悪いことしちゃったね」

 帰ったら、ヒルトはたぶん僕の前では泣いたりはしないだろうけれど、ネーベルの前では、泣くかもしれないなぁ。

「うん。でも、巻き込まれなくてよかった」

 そうなんだけどさぁ……。

「ネーベルは泣きつかれるかもしれないから、そこは覚悟しようか」

「……ずりぃ」

「何言ってんの、それはあれよ? ネーベルだからこその特権だからね?」

 ヒルトが年相応に泣いたり八つ当たりするのって、それはネーベルだからこそするってことだ。他の相手じゃ、そんなことせんのよ、あの子は。

「泣かれるの、嫌なんだよ」

 ぼそりと呟くネーベルは、苦々しい顔をする。

 そうだね。ヒルトは控えめだけどしっかりしてるから、そういう子が自分のせいで泣いたりしたら、困っちゃうよねぇ? 

 でもネーベルは、泣かせないようにするとは、言わないだろうなぁ。僕と一緒にいるってことは、こういう危険がいっぱいあるってことだし。

 だけどさぁ、それでネーベルとヒルトの仲が拗れるのは、なんか違うよ?

「今回は予期しない出来事だったから、無理だったけど、ネーベルは自分一人じゃなくって、ヒルトと一緒についてきてよ」

「え?」

「ヒルトも一緒なら泣かないよ。だからさ、無事に戻れたら、一緒に謝ろう。きっと、すごく心配してるだろうからさ」


 それにしても、これからどうしたらいいんだろうか。

「耳がぼわっとするな」

「ヒポグリフの咆哮すごかったからね」

 周囲は白もや、いや、待てよ。これ、もやか?

「ネーベル手を繋ごう。もしかしたら、このもやは、もやじゃないかも」

 こんなところで離れ離れになるのはごめんだ。

「魔術的な何かってこと?」

「ううん、もっと単純に。ここ、標高が高いんじゃないかな? ヒポグリフの咆哮すごかったから、あれの耳鳴りが続いてたと思ってたんだけど」

 耳がぼわぼわするのは、気圧のせいかもしれない。そしてこの白いもやは、雲、なんじゃないか?

 そう思っていたら、僕とネーベルの周りを青白い光が、ちかちか点滅しながら漂っている。

「なんだろこれ?」

 目の前にやってくる光を指先でつついてみると、なんだか誘導するような動きを見せる。

 ついて来いって事か。

「ついて来いって言ってるみたいだな」

 ネーベルもそう思ったのか。

「行こう」

 青白い光の誘導について行くことにする。

 誘導に導かれるように歩いていくと、背の高い樹木や草花が、どんどん少なくなっていき、足元はごつごつとした岩肌が目立つようになってきた。

 やっぱり、標高が高いのかも、ちょっと歩いただけなのに息切れが。

 そして、歩を進めるたびに、じわじわと感じるすごい圧。

 息切れと、強い圧に少しだけ休憩しようかと思ったら、僕を先導していた光が消えて、もやがどんどん晴れていく。


「我が盟友、やっと来たな」


 もやが晴れた、その先にいたのは、圧倒するほどの強い存在感。

 白銀の色をしたドラゴンだった。


 ドラゴン……いた。本当にいたんだ! ドラゴン!!


 あまりの大きさと、それから息をのむほどの美しいそのドラゴンに、僕もネーベルも、ぽかんと口を開けて見上げていたけれど、はっとして訊ねた。

「僕を呼んだのは君?」

「いかにも。待ちかねたぞ。アルベルト・ウィルガーレン・マルコシアス」

 直接、頭の中に聞こえてくるその声は、以前、図書室でネーベルと一緒に見た家系図の一番上に書かれていた名前で僕を呼んだ。

「違うよ。僕の名前は、リューゲン・アルベルト・ア゠イゲル・ファーヴェルヴェーゼン・ラーヴェ。成人したら、アルベルト・マルコシアスだ」

「そなたは我が盟友、アルベルト・ウィルガーレン・マルコシアスだ」

「その人はもう五百年以上前に亡くなってる」

「肉体はな」

 あ、これは、自分がわかってることは、他の人もわかってるっていう感じで、話をするタイプ! こういう相手は一方的に自分の話だけをして、こっちと会話する気がないことが多いのだ。

「君が知っていても、僕は知らない。まず先に、君は自分の名を名乗れ。話はそれからだよ」

 指をさして、びしっと言い放つ。

「……そうか」

「そうだよ。それで、君の名前は?」

「名などない」

 ないんかーい! こういう時ってそれらしい名前を言うものだと思うんだけどなぁ。そして僕はこういった相手に、下手に名前を付ける危険性を十分理解している。

「なら、とりあえずシルバードラゴンと呼ぼう」

 見たとおり、そのまんまだ。言っておくけど、僕のネーミングセンスが最悪とか、そう言うんじゃないからね!





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