第11話 師匠を勝手に勧誘するな!

 母上が王宮にいた時から、僕は何度も命を狙われていたし、それは双子やフェアヴァルターたちが退けてくれた。

 母上が王宮を出てフルフトバールに帰ってから、残された僕は、双子に接近戦というか、近づいてきた暗殺者の攻撃をかわして仕留める方法を習っている。

 双子は、襲ってきた相手を殺すことに、躊躇うなと、僕に言ったのだ。



「御身を狙う相手に、お心を向ける必要はありません」

「主君を暗殺しに来る者は、自分の命を奪われる覚悟ができている者です」

「中には憐れみを誘う戯言を口にする者もおります。ですが、その者は人を殺すことを生業にしていることをお忘れなきよう」

「慈悲をお与えになるならば、一思いに止めを刺してあげてくださいませ」



 殺意クソ高くてやべーわ。

 だけどこの世界では、人の命を奪うことは、忌避感どこ行った! って叫びたくなるほど、容易く行われる。

 室内で、刃物を持って襲ってくる人間との戦闘は、それこそ双子並みに腕がなければ、あっさり、なんてできない。

 でもさ、ナイフや暗器のような小型の武器ではなく、剣やアックスのような武器を持っていれば? 民家はどうだかわからないけれど、でも、基本は日本のような狭小住宅ではなく、間取りが広い作りだ。長物でも十分振り回すことが出来る。

 ……殺伐とした世界だ。


「アルベルト!!」

 プロテクターを外した僕に、テオドーアくんが興奮冷めやらぬと言った様子で声を掛けてくる。

「もう一回やろうぜ!」

「やだ!!」

「なんでだよ! 楽しかっただろう?!」

「楽しくなかった!」

「うっ、嘘つくなよっ! 笑ってたじゃんかっ!」

 え?

 テオドーアくんの言葉に、固まってしまった。

 笑ってた? 僕が? さっきの手合わせで? 自分の手で自分の頬を引っ張る。

「アルベルト?」

「う……、うそだー!!」

「嘘じゃないって」

「それじゃぁまるで快楽殺人者みたいじゃないかー!」

「はぁ? なんでそうなる。ただの手合わせなのに」

「ただの手合わせぇ? テオドーア、君ね、武器はもともと何のためのモノかわかってる? これは、運動のためのモノでも、技術を競い合うモノでもない! 命を奪うためのモノなんだよ! 手合わせもそう! 技量や強さの優劣をつけるものとは僕は思わない! 殺し合う訓練のようだと思った! だから手合わせはもうしない!」

 僕の主張にテオドーアくんは、呆けた顔をする。

 くそぉ~、よくわかりませんって顔しやがってぇ。もっと考えろよぉ!

 僕の心の声を察したのかどうかはわからないけれど、フェアヴァルターが声を掛ける。

「テオドーア様、フルフトバールでは武器を生き物に向けるということは、命を奪いあうことにあたります」

「あ、うん」

 うんって返事をしてるけど。わかってねーだろ。フェアヴァルターもそのことが分かっているのだろう、苦笑いを浮かべた。

「先ほどの手合わせで、アルベルト様はテオドーア様を殺せたのです」

 途端に、テオドーアくんは、驚いた顔で僕を見る。

「武器を持って戦うということは、生きるか死ぬか。手合わせは強さを競うものではなく相手を殺すか自分が死ぬかの訓練なのですよ」

 フェアヴァルターの説明にテオドーアくんはどう思ったのか、口を閉ざし俯いてしまう。

「まぁ、これは、フルフトバール領民ならではの考え方ですけどね。他の土地の方々は、純粋に技量や力の優劣を競うという認識でしょう。五年に一度、王都で開かれる剣術大会も、そういう意味合いで行われますからね」

 領民性の違いだから、テオドーアくんがこの考え方が理解できなくても仕方がない。

「テオドーア様、剣で強くなりたいと思うならば、どうして強くなりたいのか、目標を決めましょう。その強さを得てどうなりたいのか、何をしたいのか、目的もなく、ただ闇雲に強くなりたい、だけでは、強さを求める意味がないのです」

 フェアヴァルターの言葉に、テオドーアくんは俯いていた顔をあげる。

「フェアヴァルター、俺と一緒にメッケルに来ないか?!」

「はぁ~?! なに言ってんの?! うちのフェアヴァルターなんですけどぉ?!」

 なに勝手に、うちの優秀な師匠を勧誘してるんだ!

「だっ、だって強いし!」

「フルフトバールの精鋭なんだから強いに決まってるでしょ! テオドーアのところにだって手練れの騎士、たくさんいるでしょ!」

「フェアヴァルターのほうが強い! あといろんなこと知ってる!」

「あったりまえじゃないか! 僕の師匠なんだからね!」

「俺だって習いたい!」

「だから自分のところの騎士に頼みなよ! 僕の師匠を横取りすんな!」

 大人げないのは分かってるけど! でも! 我慢できない!

 だってテオドーアくん、メッケル北方辺境伯のご子息だよ?! あっちにだって魔獣は出るし、しかも国境沿いなんだから、北のほうの隣国とにらみ合いしてるわけじゃん。

 北方辺境軍強いでしょ! 精鋭騎士たくさんいるでしょ! うちの優秀な人材をとっていこうとするな!

「ケチ!」

「ケチとはなんだ! 欲しがり野郎!」

「アルベルト様、テオドーア様、そこまでです」

 フェアヴァルターが、ガルガルしてる僕とテオドーアくんの間に入る。

「テオドーア様、大変ありがたいお誘いですが、私はフルフトバールの民なので、ご辞退させてください」

「ど、どうしてもだめか?」

「はい、私が骨を埋めるのはこの地です」

 テオドーアくんの誘いを丁寧に断ったフェアヴァルターは、今度は僕を見て言った。

「フェアヴァルターは、まだまだ若殿に教えたいことがたくさんあります。何処にもいきませんよ」

 そ、そんな駄々っ子を諭すような目で見ないでよぉ!! でも、フェアヴァルターがはっきり言ってくれたから、安心した。





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