第29話 自覚がない相手には女の子でも配慮しない
「誘拐犯は、ループレヒト男爵令息を小間使いのように扱っていた令息たちの誰か、と言うことになるね」
「どうして……」
「アインホルン公女は、自分が彼らのうちの誰かに、誘拐される心当たりがないから、どうして? って思うのかな?」
「……そ、それは」
「もしそう思っているなら、僕がアインホルン公爵にお伝えしてあげよう。公女に早く婚約者を見つけて成人とともに婚姻させるようにってね。こんなことに巻き込まれてしまったんだから、これぐらい言っても構わないよね?」
意地が悪い言い方だって? だってわざとだもん。
「わ、わたくしの、せいだと仰るのですか」
僕の皮肉は通じたようで、アインホルン公女はにらみつけてくる。
「標的がアインホルン公女である以上、僕とネーベルは誘拐に巻き込まれたということになるからね。公爵に何を言われたのかは知らないけれど、風評被害はだいぶ収まってきてるのだから、僕の出かけ先に君が顔を出す必要はなかった。これ以上親密な間柄だと周囲に見せつければ、今度は君が避けているはずのことに発展する可能性が出てくるとは、考えられないかな?」
「避けていること?」
え~、なんでそこでわかりませんって顔をするのさ。
「婚約」
「婚約? 誰の?」
公女の問い返しにがっかりする。なぁに、これ。アインホルン公女は、いわゆるモテモテ主人公のヒーローやヒロインが罹患する、鈍感系突発性難聴なのかな?
「わからないのなら、この話はこれでおしまい」
僕との婚約は『悪役令嬢』になるから嫌だって言ってるわりには、外堀埋められようとされていることに、なんで気付かないかなぁ。
「誘拐犯の標的は、アインホルン公女。誘拐してどうしたいのか。僕の推測は三つ」
アインホルン公女の問い返しをスルーして、誘拐犯の話に戻させてもらう。
「一つはマッチポンプ。自分が誘拐しておきながら、私が、偶然、公女を助け出しましたって言うのを狙って、アインホルン公爵や公女に恩を売るやつ。二つ目は、一つ目の亜種で、誘拐されたのだから、何事もなかったはずはない。傷物になったであろう公女の縁談は、どの貴族もお断りするだろうから、私が婚約者になってあげます、を狙ったやつ。三つ目、これは単純に頭おかしい狂人的な考えで、誘拐した公女を拉致監禁して、一生自分のラブドールにする系。ネーベルはどれだと思う」
「ラブドールって?」
「等身大の女性の型を模した性具」
僕の説明にネーベルはスンとした表情になる。
「やべーな。どれも身も蓋もねぇ。そして全部ありえそう」
そうなんだよねぇ。
恋愛こじらせて狂ったやつは何を仕出かすかわからない。いわゆるストーカーのような偏執的な思考で動くからなぁ。
「僕らをここまで連れてきた実行犯は、雇われ者だと思うんだよね」
身なりから言って貴族に仕えている者ではないのは確か。
スラムでアコギなことをやってるゴロツキか。もしくは、あまり評判の良くない犯罪に手を染めている冒険者かな。
真っ当な冒険者はこんな依頼は受けないし、傭兵ならなおのことだ。
ついでに言えば盗賊山賊は、そんな話には乗らないし、そもそも交渉のテーブルにさえつかない。奴らは警戒心強いだけではなく、裕福な上流階級に対して嫌悪感を持っている。むしろ依頼してきた貴族の尻毛までむしり取ってとんずらするだろう。
「ここで僕らが警戒しなければいけないのは、誘拐犯が三つ目の動機を持っていて、公女の身柄を自分のところに連れてこさせる指示があった場合、だね」
「俺たちは口封じだな」
ネーベルは常に現実を見ているから、公女を引き渡せば自分たちは助かるなんて、楽観的には考えない。
「アル、とりあえずロープ探そう」
実行犯がこの地下室にやってきた場合、拘束するものが欲しいとネーベルは言う。
「え? 拘束するんだ?」
「
確かに。
僕は何度か寝込みを襲われてるから、死体は見慣れてるけど、問題はアインホルン公女だ。
この手に遭遇しなれてないだろう公女は、血を見慣れてない。流血する殺し方をすれば、パニックになる。だから、公女が同行しているこの場合は、絞殺が妥当なんだけど、僕らの力ではそれができるかわからないんだよねぇ。
子供だと侮られて、拘束も身体検査もされなかったのは僥倖。
「こんなことならアイテムボックスになってるバッグにバルディッシュ突っ込んで持ってくればよかった」
悪態をつきながら、厚底になってる靴の踵の細工を開けて、二十センチのニードルを取り出す。
これなら、まぁ、魔力巡りしてニードルまで魔力を乗せれば、貫通させることはできるかな。
「あ、アルベルト殿下、何をするつもりなの」
アインホルン公女は、僕らの物騒な様子に怯えながらも訊ねてくる。
「生存戦術」
僕が答えると同時に、扉が一定のリズムで叩かれる。
「んじゃ、外に出ようか」
「さ、さっき逃げないって!」
「逃げないよ? 迎えがまだ来てないもの」
言いながら、僕はカギが掛かっているはずの扉を開けると、そこにはフェアヴァルターと一緒に、僕とネーベルの訓練を付けてくれている庭師のお兄さん、人の好さそうな笑顔がトレードマークのゲルプが立っていた。
「ありがとう。ついでに目隠しに使えそうな布かなんかある?」
僕がアインホルン公女に視線を一度向けてからゲルプに訊ねると、にっこりとほほ笑まれた。
「探してきます」
「お願いね」
話しながら外に出ると僕らがいた部屋は、ゲルプが施錠する。
「人数は?」
「トータルで十人です」
「意外に少人数。誘拐だから人が少ないほうがいいのか? リーダーは、右頬に傷がある男?」
「はい」
「依頼主待ちなのかな? 連絡とってる様子はあった?」
「ここに通信ができる魔道具はないので、それはありません。お酒を飲んでいましたから、今日はもう移動はしないと思います」
外に見張りを二人たてているけど、他は広間で飲食中らしい。
ふと、ゲルプは顔をあげ、公女を僕らのいた二つ隣の部屋に押し込み、自分も一緒に中に入って、扉を閉めた。
きたな。さてゲルプとネーベルはいるけど、どこまでできるか。
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