第26話 初めての遠出は、一生忘れられない思い出になる

 油断してた。

 いや~、ほんと、これは僕の失態だ。油断しまくってた。

 アインホルン公爵からのお誘いだから、さすがに自重するだろうと思っていたんだけど、頭がおかしい、あたおか野郎はどこにでもいるのだ。そしてそれは年齢に関係ない。いや、ガキだからこそ、と言ったほうがいいのかもしれない。


「だ、第一王子殿下」

 目の前にいるのは泣きそうな顔のアインホルン公女。

「アルベルトでいいよ」

 そして僕らはどこかに移動している真っ最中だ。

 行先を知らないのは、僕らが誘拐されている真っ最中だからだ。

 誘拐犯はだれか? そんなの最初からわかっていたら、ちゃんと対策とってたわい。

 アインホルン公爵家の寄り子で、僕が遠出をする要因となった男爵家でないことは確か。だってそんな足をつくことするわけないっしょ? まぁ、内通者、もしくは協力者はいたと思うけどねぇ?



 きっかけは馬、だった。



 近代化とは程遠いこの世界、移動手段は馬、そして馬車。そろそろ鉄道、蒸気機関車の発明がなされるかと言うぐらいで、まだまだ主流は馬での移動なのだ。

 で、アインホルン公爵が、今までの詫び品の献上と言うか、そろそろ乗馬を始められるだろうから、僕が乗る馬を用意させてほしいという申し出があったのだ。

 王族が乗る馬は、王族が管理している厩舎で繁殖しているものになるのだが、人間と同じでインブリードしまくれば、奇形も生まれてくるので、他所から買い入れたり、野生の馬を捕獲してくることもある。

 アインホルン公爵の寄り子で、馬の繁殖をおこなっているところがあり、そこは要請があれば王家にも馬を卸すこともあるらしく、取り扱っている馬の質は王家の厩で繁殖させているものと遜色がない。そこで、一度見に来ないかと言う話になったのだ。

 フルフトバールは馬産業には手をかけてはいなかったし、まぁ、見学ぐらいならと言うことで、話をうけたのだ。

 ついでにそこは日帰りで帰れる場所だから、遠出も許可されたのである。


 迎えはアインホルン公爵が用意した馬車で、そして今回の遠出には、シルトとランツェの同行ではなくネーベルが従僕代わりに一緒に来ることになった。

 僕の油断はここだ。

 シルトとランツェがいないなら、ことさら警戒しなくちゃいけなかった。ついでにネーベルがいるならなおのことだ。

 でも、ネーベルと一緒に出掛けるってことに、浮かれたんだよなぁ。

 だって、王都から出るなんてこと、ほんとになかったし、それも友人と一緒に馬を見に行くなんてさ、そんなの楽しいに決まってるじゃんか。

 しかもアインホルン公爵が馬車で迎えに来るっていうわけで、ネーベルはシュトゥルムヴィント宮にお泊り。

 もうわくわくが止まらない。遅くまでネーベルと話し込んでしまって、ランツェに早く寝るようにってせかされてしまうほどだった。

 ちょっと寝不足気味でもあったと思う。


 翌日、アインホルン公爵の手配で、例の男爵家の馬車が迎えに来たのだ。

 馬車が男爵家のもので、護衛を大げさにしなかったのは、プチお忍び的なものだったからだ。いわゆる、襲撃者対策のフェイクのようなもの。よもや、王族の人間が男爵家の馬車で出かけるとは誰も思わんだろう?

 それでも一応アインホルン家のほうで護衛をつけてるからね。


 馬車はまっすぐ馬産業を営んでるループレヒト男爵の牧場へと向かったわけなんだけど、出迎えてくれたのは当主の男爵と、男爵の四人目の子息でお茶会で何度か顔を合わせたことがあるヴァルム少年。

 そしてなぜか、アインホルン公女もいたわけだ。

 なんとなーく、アインホルン公爵の考えが透けて見える気がしたけど、ここでそれを言っても公女はどこまで承知なのかも知らんし、何よりもループレヒト男爵だって困るだろうからあえて何も言わず、ヴァルム少年に牧場を案内してもらうことにしたのだ。


 お茶会でよく顔を合わせることがあったヴァルム少年は、控えめな性格で、僕やネーベルともよく話をする数少ない人物。公女の取り巻きと化しているご子息とは違って、公女とは常に一定の距離を保っていた。

 だからまさか公爵の寄り子の家の子供とは思わなかったので、男爵と一緒に出迎えた姿を見てちょっと驚いたのだ。

 ヴァルム少年は、自身でも馬が好きらしく、馬のことをいろいろ教えてくれた。

 例えば、今の貴族の主流としては、葦毛の馬が人気だとか、騎士団は優美な馬を求めるけれど、軍部のほうでは速さよりもスタミナがある馬を重視しているので、優美さよりも脚ががっしりしている馬が好まれるとか。

 そりゃぁ楽しかったよね。

 ついでに乗馬もさせてもらったし、馬、いいなぁって素直に思ったよ。

 ループレヒト男爵の馬牧場では、いろんな体験をして満足できたし、何の問題もなかったんだよ。

 問題は、そのあとよ。


 アインホルン公女が乗ってきた馬車で、僕とネーベルをシュトゥルムヴィント宮に送ると言ってきたのだ。

 最初から公爵からそういう指示が出てたんだろうね。

 後日公爵への抗議を心に決めて、馬車に乗り込んで帰路に向かったわけなんだけど、ずっと窓の外を見ていたネーベルが、険しい顔をしながら小声で言った。


「アル、おかしい」

「どうした?」

「さっきの分かれ道、王都じゃないほうに進んだ」


 ネーベルの発言に、え? っと声を漏らしたのはアインホルン公女。

「アインホルン公女、護衛の人は一緒にきてるんだよね?」

「あ、はい」


 不用意に窓から顔を出して、確かめるのは、気付かれたことを相手に知らせてしまうことになる。

「公女、怖いと思うけど、静かにしててね? 騒いじゃ駄目だよ?」

「は、はい」

「ネベ、どう思う?」

 僕の問いかけにネーベルは、アインホルン公女をちらりと見てから、僕に視線を戻して短く答える。

「……狙いは、たぶん公女」

 ネーベルも察している。

 この誘拐事件は、営利目的じゃない。

 僕を誘拐して、継承権がどうたら、王権どうのって言う可能性は極めて低い。だって国議に参加している貴族は、王太子は僕ではなくイグナーツくんだって知っている。政治的な思惑での誘拐なら、狙われるのは僕ではなくイグナーツくんだ。

 あともう一つ考えられることは、おじい様関連だけど、アッテンテータがいるのに手を出すバカがいるか? 絶対ないとは言い切れないけどね。

 でも、僕もネーベルも、この誘拐の動機は、おそらくアインホルン公女だと思った。





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