第12話 爪痕はそこら中に残っているようだ
「アインホルン公爵から、公女の行いに対する詫び状が届きました」
例の情報共有会で王妃様が僕と宰相閣下にそう告げる。
「それはイグナーツに……、付きまとい行為をしていたのを認めたということですか?」
「えぇ、それで、公女が持っている継承権を返上させると言ってきました。公女が持っている継承権は、いずれなくなるものですから、そのままでいいとアインホルン公爵には言ってあります」
あー、国王陛下の子供は二人で、一応、今のところ、僕が継承権第一位で、イグナーツくんが第二位、その次の継承権って言うのが、国王陛下の妹君と、先代国王陛下の姉君を母に持つアインホルン公爵と北方辺境伯夫人で、この三名はもうすでに継承権を放棄してる。で、第三位以降の継承権は、アインホルン公爵の子供たちなのだ。
アインホルン公爵のお子さんは四名いて、長男の公子はうちの双子と同じ年、次男の公子は長男と年子、それでアインホルン公女、公女より三つ下の三男の公子。
アインホルン公爵のお子さんの継承権は、イグナーツくんが結婚して子供が産まれたら、自動的に消滅するのだ。
「まぁ、結婚したら関係なくなりますしね」
僕の発言に、宰相閣下は渋い顔をする。
「アインホルンには、先代の王姉殿下が降嫁しています。続けて王家と繋げるのは良くありません」
「血筋的に? それともパワーバランス的に?」
「両方ですね。ですから、もし公爵家から王家に嫁ぐのであれば、ハント゠エアフォルクのほうになります」
元愉快なお仲間だった片割れのほうのご実家か。
「ハント゠エアフォルク公爵家に、イグナーツと釣り合うご令嬢、いるんですか?」
「あら、ふふ。アルベルト殿下もこの情報はご存じなかったのかしら? ハント゠エアフォルク公爵家の三女は、ギュヴィッヒ侯爵令嬢と仲良くされているそうよ?」
「あらら、それは初耳」
「ふふ、近いうちにアルベルト殿下のもとに挨拶に来ると思うわ」
情報、はやぁ~。
やっぱ王妃様、四年前まで、本当に使える手駒がいなかったんだなぁ。故国からついてきた侍女は、国王陛下と王妃様のラブロマンスに理想と願望投影していたのが半分、残りの半分は、王妃様が嫁いできた当初のラーヴェ王国はアウェーだから、いち早く味方や仲間を得るには、あのラブロマンスを利用して、側妃を仮想敵にしたほうが、手っ取り早かったってところだ。
王妃様だってさぁ、まさか自分の腹心が、自分の考えに同意するのではなく、行き過ぎた過保護を発動させて、そんなことやらかしてるとは思いもよらなかったんだろうなぁ。
「アルベルト殿下のところにも、アインホルン公女が謝罪に来たそうですね?」
「来たんですけれどねぇ……」
蓋を開けたら姫嫁系のロマンス小説に憧れてるお姫様だったと。あと『ざまぁ』がやりたかったと。
「宿題を出してるんで、結果はそのあとですね」
「宿題ですか。公女にアルベルト殿下が出す難問を解くことが出来るのですか?」
宰相閣下は厳しい顔で訊ねてくる。あれと一緒にするのはやめてあげて。公女は勉強すればちゃんと理解できる子だから!
「アルベルト殿下、その、相手は女の子ですからね。採点の手加減は考慮してさしあげて?」
ちょっと、王妃様も宰相閣下も僕のことなんだと思ってるの? そんな、問答無用で酷い沙汰を出したりしませんよ!
あれと元愉快なお仲間たちは、自分たちがやったことをわかってなかったから、あんなことになっただけで、それは僕のせいじゃないからね?
このまま続けると僕が鬼畜か何かのような扱いにされそうなので、話題をかえさせてもらうことにした。
「それよりも、気になることがあるのですが」
「なにかしら?」
「イグナーツの従僕と側近の話です」
これは僕が首突っ込む話ではないと思うんだけど、放っておけないじゃない?
僕がそう切り出すと、途端に王妃様の顔が強張り、宰相閣下は、眉間にしわを寄せる。
「イグナーツの従僕って乳兄弟ですよね? 乳母だった人はどんな人なんです? イグナーツはあの乳兄弟とどう付き合ってるんですか?」
「アルベルト殿下、四年前の王宮がどのような様子であったのか、当事者である殿下ならよくおわかりだと思います」
美味しくないものを口に入れたような表情のまま、宰相閣下が語りだす。
「王妃殿下にもかなりの制限が行われていました。その中の一つに、イグナーツ第二王子殿下の乳母の件も含まれています」
ま、まさか、ねぇ? って言うか、残滓があるってことぉ?
「イグナーツ殿下の乳母をお決めになったのは、国王陛下です。相手は陛下のご学友の中の一人で、当時は男爵家の令嬢でした。彼女は恋多き方だったようでしてね、浮名を流し過ぎたようで、当時の婚約者から婚約を撤回され、その後、伯爵家の後妻に納まった方です」
キナ臭過ぎるじゃん。なんでそんな相手を乳母にした。
「その伯爵家って言うのは……」
「現在、先妻のご子息が伯爵位を継いでおりますので、後妻である夫人の間に出来た子は、平民になるかそれとも自力で騎士爵を得るかという話だったそうです。そこで運よく夫人がイグナーツ殿下の乳母となったので、お子は乳兄弟としてイグナーツ殿下の従僕となられました」
待って待って、ちょっと待って? 恋多き元男爵令嬢が浮名を流し過ぎて婚約が立ち消えて、そのあと伯爵の後妻になって子供産んで……。ねぇ、その子供、伯爵の子供だよね? 間違いないよね?
「今、その乳母の人はどうしてるんですか?」
「四年前に出家したわね」
王妃様は涼しい顔をして、神への祈りに目覚めたそうよと答えた。
こわぁ~。
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