第5話 僕のポケットには大きすぎる

 兄弟って言っても、環境的に一緒に過ごしたことがなかったから、僕としてはイグナーツくんのことは弟というよりは、同世代の……なんだろう? 友人ではないし、今までそんなに接点のなかった親戚、みたいな感じ?

 でも、イグナーツくんは違うんだよね。僕に対して、がっつり兄弟って認識があって、もっと一緒にいろんなことをしたいと言われてしまった。

 寂しかったのかなぁとも思ったんだけど、イグナーツくんは、僕と違って、お茶会のデビューはちゃんと済ませていたし、そこで側近候補とか婚約者候補とか、そういった相手を見繕っていて、そばにいるはずなんだけど。

 っていうかさ。

「イグナーツ、側近の子たちはどうしてるの?」

 僕の質問にイグナーツくんはきょとんとした表情で、僕とそれからネーベル、ヒルト嬢を見比べた。

「側近……」

 ん~? なんだ、この反応は。

 僕は思わず、僕のところの使用人たちと一緒に、遠くで控えているイグナーツくんの従僕へと視線を向ける。

 イグナーツくんが僕らのところに突っ込んできたときも、おろおろした様子で止めることもせずに、ただくっついてきただけのあの従僕は、確かイグナーツくんの乳兄弟、のはず。

 どんな理由があったとしても、あの状態のイグナーツくんを止めれなかったのは、どうなんだ?

 いやいや、この辺のことは、イグナーツくんの領域だ。僕が口出すことじゃない。けど何だこの気持ちの悪い感覚。

 王妃様に報告しておいたほうがいいんかな、これ。

「一緒に勉強は、う~ん、語学ぐらいなら大丈夫かなぁ。それにイグナーツは、僕とは違う教育を受けてるよね」

 僕の代わりに次期国王としてのあれこれを。

「だから、外交に必要な共通語のディオラシ語での会話とか、そう言うのなら大丈夫かな? あと剣術は、やっぱりどう考えても無理」

「どうしてですか」

「僕、剣術習ってないんだよ。あと根本的に剣術っていうのが合ってない。木剣で打ち合いしたとしても、イグナーツが満足できるような訓練にはならないよ」

 フェアヴァルターに僕は長物向きだと言われてしまっているし、この辺は次におじい様が来た時に様子を見てもらうことになってる。

 あとなんか……、たぶん僕が教わるのは、騎士団でやっている流派ではなく、対魔獣相手の実践向けのものになるんじゃないかな~? ねぇ? 不帰の樹海の管理者ならば、まず魔獣を狩れなきゃいけないわけだし。

 一緒に剣術の訓練はできないと知ったイグナーツくんは、目に見えて落ち込んでしまう。

 イグナーツくんの場合は、剣の腕が強いに越したことはないと思う。

 今は周辺諸国と和平状態が続いている状態で、たとえ戦争になったとしても、国王自ら剣を持つのは本当に稀なことで、大体においては国軍が動くわけでしょう? イグナーツくんが自ら前線に出るってことは、よっぽどのことが起きた場合なんだよ。

 だから言っちゃ悪いけど、イグナーツくんの剣術って言うのは、いわゆる護身の範囲ってことになる。傍にいる近衛騎士がやられてしまった場合、逃げ切るまでに自分の命を守るための剣術だから、それほど強さを重視しているわけじゃない。例えばラーヴェ王国の剣術大会で、優勝できるような腕を持っていなきゃいけないってわけでもないわけさ。

 周囲は、剣術に力を入れるよりも、次の国王としての能力を身に付けてほしいと思ってるはず。

 そう思っていたら、イグナーツくんがぼそりと話し出した。

「兄上が王太子になって国王になるから、俺は臣下として国軍に入ればいいって思ってた、んです」

 あ、うん、それは、ごめんね。四年前までイグナーツくんは、王妃様から僕の支えになるようにって、そう言われてたもんね。

「俺も、頭を使うよりは、身体を動かすほうが好き、で、今やってる勉強も必要なことだってわかってる、から、ちゃんと授業は受けてる、んですけど、やっぱり剣術のほうがやりたい、です」

「うん、そうだね。得意不得意は誰にもあるしね」

 聞き分けがいい子なんだなぁ。必要だからやってるけど、それよりもやりたいことがあるって感じかぁ。

 まぁいきなり進路変更されたようなものだし、それに関しては悪いことしてしまったなぁっと思っていたら、イグナーツくんがぼそりと呟く。

「どうして……」

「うん?」

「どうして、国王にならないって、言うんですか」

 うわぁ……、一番聞かれたくないこと言われちゃった。

「国王は兄上のほうが相応しい」

「うん、たぶんね。イグナーツよりも、僕のほうがうまく国王やれると思うよ」

 周辺諸国との外交だったら、うまく乗り切れると思う。

「じゃぁ、どうして」


「だって、あれが大事にしてるものだからね」


 あれ、というのが何を指しているのか、イグナーツくんは気が付くかな? ネーベルはどうかわからんけど、ヒルト嬢は気が付いてるだろう。ちょっと顔が青くなってる。

「大事にって言うか、価値があるもの。守りたいもの、かな? とにかく、あれにとっては、とっても代えがたく貴重なものだから、僕の手に入れたら駄目なんだよ」

 あいつが大事にしてるものを僕が大事にすると思ったら大間違いだ。

 僕はマルコシアス家とフルフトバールの地さえ守れるなら、どんな手でも使うからね? それがたとえ最悪の事態を引き起こすことになったとしても、躊躇わない。

「僕を国王にしないほうが、ラーヴェ王国の為だと思ってほしいな」

 納得できなくても納得してね。

 ラーヴェ王国はイグナーツくんの国になったほうが、ラーヴェ王国に住まうすべての国民のためになるんだよ。





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