第4話 一緒に育てられたなら、ちゃんと兄弟やれてたかな?

 ランツェがいれた紅茶をシルトが給仕し、各々の前に、菓子と紅茶の入ったティーカップがセットされる。

 ギャン泣きからすすり泣きにシフトしていったイグナーツくんに、顔を拭く手ぬぐいと、眼を冷やす濡れたハンカチを渡した。

「イグナーツ」

 イグナーツくんに呼びかけると、手ぬぐいで顔を押さえながら、びくぅっと肩を揺らされる。

 怒っちゃいないから、怯えるのはやめて。っていうか、僕、怖い? 怖くないでしょ?

「ネーベルに、言うことはあるかな?」

 そこは、ちゃんとしておかないと。え? 王族が簡単に頭を下げるな? 何寝ぼけたこと言ってやがるんですかね? 反省したならそれでいいなんて甘ちょろいこと言ってんじゃないよ。王族だって、咎のない相手に怪我をさせたり傷つけたりしたら、頭下げて謝るんだよ。道徳心の問題でしょ。そんなことできない人間が、国王になれるかって言うの。


 でも、イグナーツくんはだんまりを決め込んでしまう。

 自分の行いに対して、悪かったってことは分かってると思うんだよね。あと、ネーベルに謝らなきゃいけないっていうのも理解してると思うんだ。ただ、心情的に釈然とできなくって、感情が荒れ狂ってるんだろうな。

 でもさ、謝罪って、誰かに強制されても、意味がないものだと思わない? 僕は思う。

 だから僕はイグナーツくんに、これ以上はネーベルへ謝罪するように促すことはしなかった。その代わり、イグナーツくんに、もっとも効く方法を取らせてもらう。


「ネーベル、僕の弟が酷いことをしたね。ごめん」


 僕がそう言った途端に、イグナーツくんが音を立てて立ち上がった。

 ほらね? 信じられないって表情、あと自分が悪いのに、僕に謝らせてしまったって言う悔い、イグナーツくんは、きっとまさか自分の行いで、僕が頭を下げるなんて思わなかったのだろう。

 なんで? っていう動揺が、もうあからさまに見て取れる。

 対して、ネーベルは、ひでーことをしやがるなーって感じの表情。やだなー、意地を張ったら周囲に飛び火することを教えてるだけじゃない。

「擦りむいただけですから、大丈夫です」

「そう? でも、驚いたでしょ? 悪いことをしたね」

 僕に免じて許して、とは言わない。別に免じてくれなくてもいいし、許さんでもいいから。

「いや、もう、本当に……、あ~、はい。わかりました。謝罪、受けとりました。アルベルト殿下、この件はこれで終了です」

「ありがとう」

 ごめんねぇ? 幕引きやらせちゃって。

「イグナーツ、座って」

 立ち上がったままのイグナーツくんに声を掛けて、座ってもらう。

 さあーって、これからどうしようかなぁ。僕さぁこういう説教って言うの? 得意じゃないんだよね? 自分のことで手一杯だっつーのに、偉そうに他の人に説教垂れるなんて、出来るわけないじゃん?

 でも、イグナーツくんが何考えてるかわかんねーなーって、ほったらかしにしちゃったのは駄目だった。

 いや、だって、そんなに仲が良い兄弟ってわけじゃなかったと思うんだよ? 悪くもなかったけどね?


 そもそもの話、四年前まではイグナーツくんと、まーじーでー接触なかった。これはまぁ国王陛下への忖度もあったし、第二王子派とか、国王陛下の元愉快なお仲間たちが流布した僕に対しての流言を真に受けた人とかが、第二王子であるイグナーツくんに悪い影響を与えないようにって配慮して、ガードしていたからだ。

 僕が、おめーらに付き合ってらんねーよって、事を起こしてから、まず僕に対しての流言は、あの元愉快なお仲間たちの流したデマだって、宰相閣下が周知したし、王宮内のお掃除は終了したから、僕が我儘で癇癪持ちだって言うのはデマだって知れ渡ったけれども、よ。だからと言って、僕がどんな人間かなんて知る人は、まぁ……少ないよね?

 王妃殿下や宰相閣下は知ってるけれど、じゃぁほかの人はどこまで僕のことを知ってるかって話よ。

 イグナーツくんの周囲にいる使用人たちだって、そうなんじゃないかな?

 今までの僕の情報は虚偽のものでした。じゃぁ本当の第一王子ってどんな人? ってなると思うんだ。

 なのに、頻繁に僕に会いに来たイグナーツくんを周囲の人たちが止めなかったのは、こういうことだったからかぁ。


 いや僕もさぁ、まさかイグナーツくんが、こんなブラコンだとは思わんかった。


 もし国王陛下が頭の悪い計画を企てていなくて、生まれてすぐに、僕が王子宮で育てられたなら、ちゃんとした『お兄ちゃん』をしてあげれただろうか? 同じ歳で『お兄ちゃん』は難しいかもしれないけど、せめて双子か年子の兄弟とか、そんな感じになれたかな? いや、回線が繋がってなかった僕はぼんやりさんだったからなぁ。かえって失望されていたかもしれないね? こんな奴が自分の兄なのかって。

 そうなったらさ、イグナーツくんは、自分のほうが王に足りえるのに、なぜ後から生まれたというだけで、王太子になれないのか? 国王になれないのか? そう思ったかもしれない。

 まぁ、全部、そういった世界線もあったかな? って話だ。

 僕は継承権を放棄してフルフトバールを継ぐし、イグナーツくんはラーヴェ王国の未来の国王。これはもう決定事項だ。

 これ以外の道を僕は望まないし、させもしない。


 僕はいいお兄ちゃんはできないかもしれないけれど、未来の国王陛下を支えることはできると思うんだ。


「イグナーツ、思っていることは、言葉にしないと伝わらないよ?」


 ねぇ? イグナーツくん。僕らは圧倒的に会話が足りないんだよ。君がどんなことを思っているのか、考えているのか、ちゃんと話してくれないかな?

 僕も、話すよ。君が知りたいことを。聞きたいことを。





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