第19話 国王陛下は、最果ての門をくぐりたいのかな?

「その、あともう一つ、大変言いにくいことなんだが……」

 アインホルン公爵の発言に、戦々恐々としてしまうのは仕方がないよね? 気持ち的にはまだなにかあんのか?! ってなっちゃうもの。

「その……だね、先ほどビリヒカイト侯爵が、娘に直接この話、つまり第一王子殿下との婚約の件だが、それが伝わることはないと言っていただろう?」

「えぇ、もしやあのあと公女にお話しされたのですか?」

「いや、そうじゃないんだ」

 一旦、言葉をきったアインホルン公爵は、ちらりとおじい様に視線を向け、深呼吸を何度か繰り返してから、続けた。

「実は私が陛下から婚約の話を打診される前に、陛下のほうから娘に話を持ち掛けられていることを、娘から聞かされている」

 ばきん! と堅いガラスとか瀬戸物が割れるような音がすると思ったら、隣に座っているおじい様が、持っていたティーカップを握りつぶしていた。


 やべぇ……。


「おじい様、手をお放し下さい」

 おじい様の手からソーサーとティーカップだったものを取り上げて、テーブルの上に置くと、うちの双子がテキパキと動き、後片づけと、おじい様の手の治療を施し、ついでに新しいお茶も用意して、ささっと下がっていく。


 国王陛下は、ことごとくおじい様の地雷を踏み抜くのがお上手のようだ。

 いや、それでも、明日、血まみれの国王陛下が寝所で発見って事にはならない、はず。代わりに、物言わない処刑間近の罪人が、陛下の寝所で見つかるだろうけど。

 おじいさま、そういう嫌がらせは普通にするからね? 四年前だって同じことやったからね? なんで忘れちゃうかなぁ? あのとき宰相閣下が涙目でやめてくださいって、秘密裏に頭下げに来たんだけど、おじい様は、何のことだかわからんことに謝罪されても困るって、言い切っちゃってるんだよ。確かに、うちがやったという証拠は一つもないわけだから、誰の仕業か不明のままだ。

 え? 王家の影がいるだろう? そいつらは何やってるんだって?

 あのね、その王家の影って言う組織の大元は、マルコシアス家が発端なの。組織として、今は完全に離れてるけど、でもノウハウとかそう言うのは、もともとうちからのものでね。

 それから、王家の影になる最終試験は、マルコシアス家での研修に最後までついていけるかどうかなんだよね。そこで合格ラインに届かなければ、影にはなれないとか。そういう感じだから、実力はうちのほうが高いんだよなぁ~。たまにボランティアで抜き打ち試験してあげてるらしいから。

 これさぁ、国王陛下だって、知ってるはずの情報なんだよ。


 なのにどうして、そういうこと、やっちゃうの?


 ほら、宰相閣下があまりのことに両手で顔覆ってるじゃないの。もうこれは明朝の出来事を予想して、嘆いてるんじゃないか? 宰相閣下の仕事増やさないでよ。

「アインホルン公爵」

 言葉を失ってしまっている宰相閣下の代わりに、王妃様がアインホルン公爵へ訊ねる。

「具体的にどのような話をしたかというのは、公女から聞いていますか?」

「いや、娘も動揺していて詳しくは……。ただ、陛下からのお話だったためか、婚約が成立してしまうことをしきりに気にしていてね」

 そう言って僕を見る。うん、なんか、なんとなく、になるけど、アインホルン公爵のご息女は、僕に関して何らかのことを父親である公爵に告げてるんじゃないかね?

「そうですか。アインホルン公爵、お手数をおかけしますが、公女により詳しい話を聞いていただくことは可能ですか? それからアルベルト殿下と公女の婚約はない、と。そこもはっきりと伝えてください」


 アインホルン公爵のご息女が何を考えてるかはまだわからないけど、僕との婚約話に動揺してるってことはさ、どーもキナ臭いよね。

 いや、まだ会ってもいない相手に、マイナスの先入観を持つのはよくない。

 これはアインホルン公女に会ってから、判断すればいいことだし、場合によっては会うこともないだろうしね。その場合は会う必要がなかったってことだから、僕が今考えていることの懸念はなかったってことだ。

 何事もないことを祈っておこう。


 王妃様は国王陛下の秘書官の二人に、アインホルン公爵をお見送りするようにと頼み、三名を部屋から下がらせると、座っていたソファーから立ち上がる。

「わたくしも、イグナーツとアレの傍にいる従僕たちに確認を取ります」

「カティ!」

 国王陛下が、出ていこうとする王妃様を引き留めようと近づく。

「待ってくれ。何を怒ってるんだ?」

 え? 王妃様が憤怒している理由をおわかりでない? え? 今まで一体何を聞いていたのかな?

 引き留められた王妃様は、落ち着くためなのか、何度か深呼吸を繰り返すと、国王陛下の横っ面を思いっきりひっぱたいた。


「貴方のご理解のなさに、情けなく思っているのですよ!」


 我慢できないと言わんばかりに、王妃様は声を張り上げた。

「四年前も今も、何をなさったのか、何故おわかりになっていないのです! 貴方はフルフトバール侯の寛容に胡坐をかき続けて、このまま安寧でいられるとお思いですか?! アルベルト殿下のことにおいては、一切の手出しをしないようにと、ビリヒカイト侯からも再三言われているにもかかわらず、何故その言葉を守れないのです! 貴方はいったい何をなさりたいのですか!」

 王妃様の怒声に、国王陛下は固まる。これは言われた内容に驚いたというよりも、王妃様に怒鳴られたということに驚いてるんじゃないか?

「な、なにをって、俺はリューゲンの父親だぞ。父親ならば……」

 途中で尻すぼみになったのは、王妃様の視線の鋭さに、その先の言葉を放つなという圧を感じ取ったからだと思いたい。

 国王陛下は王妃様、それから僕とおじい様、宰相閣下と、かわるがわる視線をさまよわせ、結局、最後までその言葉を発することが出来なかった。


「王妃殿下、落ち着いてください。イグナーツ殿下へのご確認は、今すぐでなくても大丈夫です」


 ようやく立ち直った宰相閣下が仲裁に入る。

「我々の話し合いはまだ終わっておりません。今回は王妃殿下もご一緒に、今後のことを決めていきましょう」

 そう告げた宰相閣下の声は、とても疲れ果てているように聞こえ、きっと本心では宰相閣下こそがこの件を放り投げてしまいたいんだろうなと思った。

 責任感の強い人だから、そんなことできないんだろうな。





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