第17話 どうやらご理解なさっていないようだ

 国王陛下は僕から目をそらし、やはり僕の問いかけに答える気配がない。

 おめーよー、マジで何がしたいんだよ。昔は、四年前、僕の回線が繋がる前の話ね? あの頃、ほんっとーに珍しく母上に会いに来て、顔を合わせることがあっても、僕のことはほとんど無視して、それからたまーに、上から目線で、何か言ってくることもあったよね? ちゃんと勉強しろ、とか、使用人に迷惑かけるな、とか。

 あの時のあの態度とか口調とか、そういう感じでなんか言ってこいよ。


 再び訪れる沈黙を宰相閣下が咳ばらいで払拭し、場を取り仕切る。

「アルベルト殿下の疑問と陛下の動機は、いったん置いておきましょう。先に進まなそうですし。まず、状況確認をしようと思います」

「ちょっといいかな」

 そう言って手を挙げて口をはさんだのは、アインホルン公爵だ。

「なんでしょう?」

 進行役の宰相閣下が、アインホルン公爵の言葉を促すと、アインホルン公爵は僕をちらりと見てから訊ねた。

「なぜここに、リューゲン殿下がいるのだろうか?」

 本人がこの席に出てこないでどうするんだよ。

「僕のことだからですよ」

 なに当たり前のことを聞いてくるんだと、そう含みを持たせて答える僕に、アインホルン公爵は、なんとなく国王陛下に似ている顔を強張らせぐっと喉を鳴らす。

「そ、そうか。ならば、私の娘も同席するべきだったのかな?」

「それはアインホルン公爵がお決めになることです。僕は前もってこの話について、王妃殿下と宰相閣下からご連絡いただいてます。この話し合いの場が開かれるなら、出席したい旨伝えていました」

 それに、先に国王陛下のやらかし気配を察していたからな。

「アインホルン公爵が、ご息女の同席が必要だと思っていたのなら、お連れすればよかったのでは? それとも今お呼び出ししますか?」

 そう提案してみたけど、そうすると時間がかかるぞ?

 僕と同じようなことを思っていたのか、宰相閣下がやんわりと却下を出した。

「今から呼び出すとなると時間がかかるでしょうし、ならばこの話し合いもまた後日ということになります。アインホルン公爵。申し訳ございませんが、公女の同席は無しということでよろしいですか? もしかしたら……、いえ、アインホルン公爵とこの話は、本日だけで片が付くと思います。公女のほうに直接話が行くこともございませんし、アインホルン公爵からご説明いただければよい」

 それじゃぁ本題に移ろうとしたところ、アインホルン公爵は不用意な一言を漏らした。

「リューゲン殿下は、お聞きしていたのとだいぶ違うご様子ですね」

 それは今わざわざ言うことかいな。それともなーに、バカ王子にこのお話し合いは難しくてわからんだろうから出て行けって言いたいんかね?

 貴族の物言いは時として判りづらい。

 しかし、今回のアインホルン公爵の一言は、おじい様には聞き捨てならないものだったようだ。

「アインホルン公爵」

 腹の底にずしんと来るおじい様の声に、全員の背筋が知らずに伸びる。

「個人的な意見で済まぬが、その名で第一王子殿下をお呼びするのはやめていただきたい」

 言った途端におじい様からピリピリした気配が出てきているので、アインホルン公爵だけではなく、国王陛下と王妃様の顔も青くなる。

「マルコシアス卿、抑えてください」

 宰相閣下だけはおじい様の圧に耐えた。宰相閣下って、官僚系の人なのにねぇ? おじい様の圧に耐えられるってすごいよ?

「アインホルン公爵も、何を仰いのかはわかりませんが、不用意な発言は控えてください。私は四年前にアルベルト殿下の周囲で何があったのか、国議に参加された皆様方にはご説明しております。同じことは何度も言いません」

 ん? それは、あれか? 国王陛下じゃなくって、国王陛下の元愉快なお仲間たちが、第二王子殿下を王太子にするために、やらかしてたことか?


「話がズレてますね。アインホルン公爵、他に何か仰いたいことはございますか?」

 いつまでも進まない話に、宰相閣下は少し苛立っているようだ。

「い、いや、すまなかった。話を進めてほしい」

 さすがに、ピリピリしている宰相閣下をこれ以上不機嫌にさせたくはなかったようだ。


「では、進めさせていただきます。先日、国王陛下がアインホルン公爵をお呼びし、ご息女である公女と王家の婚約の打診をされた。相手は、第一王子殿下であると、ここまでは間違いございませんね?」

 宰相閣下の言葉に誰も口をはさむことなく頷く。

「まず、先日もお伝えしましたが、国王陛下は、第一王子殿下のすべてにおいて、お決めになる権利はございません」

「ま、待て」

 そこで停止の声をかけたのは国王陛下だ。

「なにか?」

 眼を眇め宰相閣下は国王陛下に視線を向ける。その、静かなプレッシャーに気圧された国王陛下は口ごもるものの、僕やおじい様それから宰相閣下にとっては寝言でも言わんばかりのことを言い出した。

「お……いや、私は父親だぞ」

 そうだな、第二王子の父親だな。

「それが?」

「そっ、だから、私が子供の婚約を決めて何が悪いのだ」

「何も悪くはございません」

 うんうん、悪くないよ。

「だったら」

「何が、『だったら』なのでございましょうか? 貴方のお子は、第二王子殿下だけでございます。すなわち私が言った『悪くない』は、陛下が第二王子殿下の婚約を決めることにおいては何も悪くないといった意味です」

 言ってる意味わかってるよね? 四年前、おめーは誓約書にサインしただろう? それは、あの時点で、僕は王家に籍はおいてるけれど、マルコシアス家の人間であるって、そういうことになったんだよ。

 でも、国王陛下は、そこが、わかっていないようだ。


「ど、どうしてそうなるんだ。第一王子も俺の子だ」


 あぁ、言っちまったわ~。駄目だよそれはさぁ~。おめー、なんで今それ言うんだよ。

 隣のおじい様はひたすら目を瞑って沈黙を保っている。まぁここで声を発したら、ご自分の制御が出来なくなるとわかってるからだろう。

 ほんと、いらんことをするのだけは、神がかってるんだよなぁ。

 これどうやったらまとめられるんだよ。





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