第15話 やらかしの気配は落ち着いた頃にやってくる

 母上の再婚周知のお茶会からしばらくしてから、急遽王妃様からお茶会という名の情報共有会のお知らせが届いた。

 前回からそんなに経ってないよ? ちょっと早すぎない? って思ったけれど、何事もなければこんなに早くお誘いは来ない。

 と、言うことは、なにかあったのだろうと思って、出席したら。


「陛下のご様子がおかしいのです」


 会が始まって、開口一番に王妃様が真剣な表情でそう言ってきた。

「……いつもおかしいのでは?」

 母上の話を聞いた今、あの人がまともだったのって、隣国に留学する前までだったんじゃないかって思うんだよね。まぁ国王としての仕事は申し分なくやれてるから、何とも言えないけど。

 ダメダメなのは、母上と僕の対応だけだったからなぁ。

「アルベルト殿下、お気持ちはわかりますが、おやめください」

 宰相閣下は立場上そう言うしかないけど、「気持ちがわかる」は、言っちゃっていいの? そここそ隠さなきゃいけない所では?

「ごめんなさい、そういう意味ではないの。やらかしそうな気配、と言えばいいかしら?」

 あ、察し、という表情をするのは宰相閣下。

「聞いても何でもないとしかお答えくださらないの。だけど、どうも何かを考え、いえ、企んでいそうな気配なのよ」

 言いなおしちゃった。企んでるって言っちゃったよ。

「ビリヒカイト侯爵、何かお聞きしては……。その様子ではないようですね?」

「ないですね。陛下の秘書官にも通達しておきます」

 手足もがれちゃったからねぇ~、側近じゃなくって秘書官なんだよね、国王陛下の傍にいるのって。

「第二王子殿下の王太子教育の件とかは?」

 僕の件がきちんと王妃様へ伝わってから、後ろ髪を引かれる様子でありながらも、僕が絶対に王位に就かないという意思と、神殿誓約込みの誓約書を交わしていることを理解したので、王妃様はイグナーツくんにきちんと事の経緯を説明し、王太子教育を受けさせている。

「イグナーツの王太子教育の件は、わたくしが監督しているからそれはないと思うわ」

 首を横に振って否定する王妃様と、難しい表情をしている宰相閣下の視線が僕に注がれている。

「え~……、目当て、僕だと思いますか?」

 二人同時に頷かれてしまった。

「どうして僕だと?」

「アルベルト殿下がリーゼロッテ様に会われた後から、なのよ。国王陛下のご様子がおかしいのは」

「母上、ですか? でも、もう母上はフルフトバール領に戻られましたし、再婚の手続きは、国王陛下との離縁の手続き後に、すぐにしてますよ?」

 式はまだ未定らしいけど、するにしてもフルフトバール領でやるしなぁ。母上はもう王都には出てこないぞ?

「これはわたくしの推測だから、可能性の一つとして、頭の片隅に置いておいて欲しいの」

 王妃様はなにか思い当たることがあるようだ。ゆっくりと話し出した。

「アルベルト殿下はリーゼロッテ様の再婚周知のお茶会で、同年代の貴族の子供と初めて顔合わせをされたでしょう? そのお茶会にはギュヴィッヒ侯爵のご令嬢もいらしたわね? リーゼロッテ様のお茶会以降、最近マルコシアス家の家門の子供と一緒に、アルベルト殿下の宮を訪問していると聞いています」

「学友、必要ですからね」

 まだ側近とか、その候補とか、それは明示していない。

「ギュヴィッヒ侯爵のご令嬢というと……」

 王妃様の話を聞いて宰相閣下も、何かを思い至ったようだ。

「えぇ、かつて陛下の側近であった、フース卿の本家筋の家門です」

「アルベルト殿下」

 やめて、そんな責めるような視線を向けないで。そう言うんじゃないから。

「彼女、将来はわがフルフトバールの騎士になりたいそうです。僕の妻となる人物の護衛騎士になりたいと直談判されました」

 ヒルト嬢が結婚するとしたら、僕ではなくネーベルと、だ。ヒルト嬢は臣下としての目しかしてなかったもん。母上のような恋をしてる少女の目じゃなかったね。

「ギュヴィッヒ侯爵令嬢とアルベルト殿下との交流に、警戒してるわけではないはずよ。もとはご自分の側近だった人物の本家筋のご令嬢ですものね。実はね、アルベルト殿下の件が起きる前に、あのご令嬢をイグナーツの婚約者として、どうかという話があったのよ。ギュヴィッヒ侯爵から辞退を申しだされたから立ち消えたけど」

 ん? その頃に断ってるのか? まだうちとはトラブってなかったのに辞退ってことは、母上の扱いを見てるから、ヒルト嬢の扱いを危惧したんだろう。

「ヒルト嬢と僕を婚約させようとしてるのでしょうか?」

「いえ、それもないはず。と言うか、アルベルト殿下のお話し通りなら、ギュヴィッヒ侯がはねつけるでしょう」

 う~ん、ヴュルテンベルクのご当主の性格と言うか為人は、まだよくわからないからなぁ。でもうちに借りがあるヴュルテンベルク家が、国王陛下からその話を出されたとしてもすぐには頷かんだろう。安易に受けてうちと事を荒立てる気はないと思うから、保留にしておじい様に話を持ってくるはず。


「おそらく……、ギュヴィッヒ侯爵令嬢の話を聞いて、アルベルト殿下に婚約者をあてがおうとしてるんじゃないかしら?」


 王妃様が気まずそうに目をそらしながら告げると、宰相閣下は片手で目を覆って天を仰ぐ。

 二人とも、国王陛下のやらかし気配を確定しているようだ。

 もし、王妃様の懸念が当たりだったら、母上の言ったことが身に染みてくる。これは確かに没交渉のままではいられんわなぁ。

 だけどな~。

「どうしてそんな思考になるんですか」

 何を考えてるのかさっぱりわからん。そして何をしたいのかもわからん。

「あくまでも、わたくしの推測よ。陛下がアルベルト殿下に干渉したがることはとりあえず置いておくとして、ここにきて婚約のことを考え出したのはは、貴族のご令嬢がアルベルト殿下の傍に近づいてきたのが発端だと思うの。たぶん、ギュヴィッヒ侯爵令嬢でなく、他のご令嬢であったとしても、同じようなことになると思うわ」


「今頃になって、アルベルト殿下の御婚約を考慮しだしたと、そう言うことですか? その権利はもう陛下にはないというのに」


 深いため息とともに吐き出される宰相閣下の言葉に、王妃様も頭が痛いというように深く息をついた。






■△■△■△

王子様が継承権放棄したらぁ!事件で作成した書類は『契約』ではなく『誓約』かな? と思いましたので、取り交わした書類は『誓約書』に変更させていただきます。

少しずつ『誓約』の文字に直していきますのでご容赦を。


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