第12話 マルコシアス家の姫君を侮ってはいけない
母上は今まで、国王陛下に対しての自分の心情をおじい様やおばあ様にも吐露していなかったらしく、母上の話を聞いたあとおばあ様が泣き出してしまった。
「リーゼにそんな想いをさせているなら、王命なんて、最初からはねつければよかったのだわ」
「ヘンリエッタ」
「だってこれではあんまりではないですか」
泣き出してしまったおばあ様を引き寄せ、おじい様が困った顔をしながら慰める。おばあ様が落ち着くまで時間がかかりそうな気がしたので、母上と一緒にマルコシアス家のタウンハウスのお庭を散策することにした。
母上と僕の後ろにくっついてくるのは、母上の護衛騎士だった再婚相手、クリーガー・レオパルト。いまは、マルコシアス家の保有軍をまとめる将軍になったそうで。
母上の隣を歩けば? って言ったら、今日は母子水入らずで、と断られてしまった。水臭いなぁ、近く親子になるというのに。
いや、でも、クリーガーは将来的に僕の義父になるけど、マルコシアス家に入るのかな? おじい様その辺はまだ何にも言ってないしな。あとで確認するか。
「母上」
「なぁに?」
日傘を片手に、もう片方の手を僕とつなぎながら、母上は楽し気に返事をする。
「王妃殿下の話、しても大丈夫ですか?」
さっき話してた時、そんなに忌避した様子はなかったから大丈夫かな? って思ったので、王妃様のことを告げた。
「手紙を預かってきました」
「てがみ?」
「受け取りたくないと仰るなら、その手紙は王妃殿下へお戻しします。王妃殿下にはあらかじめそのようにお約束していますので、受け取るも受け取らないも、母上のお心のままにしていただいて大丈夫です」
僕の話に耳を傾けながら、母上は遠くを見つめている。
今まで直接のやり取りってなかったからなぁ、何を言われるかわからないから身構えはするか。
「一度はちゃんと向き合わなくてはと思っていたのよ」
接触することで神経すり減らすなら、フェードアウトでもいいと思うけどな。
「王妃殿下への蟠りが、まったくないというわけではないから、お返事には時間をいただくことになるわ」
「伝えておきます」
「ありがとう」
遠くを見つめていた母上が、僕へと視線を移す。
「アルベルトは王妃殿下とよく会うの?」
気になるかな? 気になるよなぁ。でも、親睦会っていうよりも、情報収集会って言うのが実情だからなぁ。
「僕一人というわけではないですけど」
僕の返事に母上は穏やかな表情を見せる。
「そう、王宮内での後ろ盾は必要よ」
「母上?」
「お父様が貴方の後見人であることは、誰もが知るところだけれど、でも毎日顔だししているわけではないでしょう? ビリヒカイト侯が気にかけてくださっていても、その隙をついてくるものは必ずいるの。アルベルト、利用出来るものは何でも利用しなさい。王妃殿下が貴方を庇護してくださるなら、遠慮なくお受けなさい。アッテンティータが傍にいるから、よほどのことは起こらないだろうけれど、油断は駄目よ?」
まるで花が綺麗だとでも言うかのような、そんな優しい口調であるのに、だからこそなのか……、恋愛の脳ではない母上は、まぎれもなくおじい様の娘、マルコシアス家の姫君だと、実感させられる。
「はい」
「必ず、生きてフルフトバールに戻ってきて頂戴ね」
ふわりとした口調なのに、言ってる内容が重い。
誰だ、ふわふわ儚げな姫君って言ったのは。僕だよ。反省反省。
「それと、あともう一つ」
なんぞ? まだ何かやべー話があるのか?
「一度、陛下とお話ししてね?」
「なにを?」
僕の素早いレスポンスに、母上はわかっているのに困った子ねと言いたげに笑う。
「好きの反対は、無関心、とは聞いたけれど」
「国王陛下も、僕や母上にはそうでしたよ?」
「今は、違うでしょう?」
たまーに、うぜー感じで、チラッチラッはしてきてるけど、あれって、僕が国王陛下に不利になるようなことをするんじゃないかっていう警戒なんじゃないか?
もともとあの人のこと興味ないんだ。だってずっと関わりがなかったんだもん。
最初は上から目線で偉そうなこと言ってくる人だって言う認識だったし、父親だって知っても、親だとは思えなかったわ。と言うより、父親じゃなくって国王という存在でしょう?
男親に対する憧れとか、構ってもらいたいとか遊んでほしいだとか、そう言うのは、国王陛下に向けてではなく、肩車して散歩してくれたクリーガーのほうにだった。
四年前のアレは、父親に対しての反抗とか、そんなもんじゃない。
あれは単純に、回線が繋がった僕が、国王と言うものに価値を見出せなかったからだ。あいつらの思い通りのバカ王子にはならないけど、でも僕が何もせずに動かずにいたら、どのみち、ざまぁされる王子様にされそうだったじゃない? それこそ何か変な冤罪ぶち上げて、王位継承権を取り上げる! とか、どや顔で言われるような、可能性があったんだよ。
だから、そうなる未来をぶっ潰しただけ。
それは全部僕のためで、国王陛下が嫌いだとか憎いだとか、そういう感情があってのことじゃない。だってそんな感情持つ以前の話なんだもん。
肉親として薄情だと言うなら、それは今まで僕らをそういう扱いしてた国王陛下も同じじゃないかな? 同じだよね?
国王陛下と話すことなんて、ほんと何もないんだよ。
母上はきっと僕がそう思っていることを知っている。それでいて、国王陛下と話せと言うのだ。
「話を始めなければ何も始まらないわ」
始まらなくてもいいんですが? むしろ始まらないほうが良いのでは? と、思ったけど、もしかしたらこれは。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず」
と、言うことか。敵に勝つためと言う意味ではなく、問題解決するためと言う意味だろうけれど。
「なぁに、それ?」
母上が知らないのも当然だ。これは異世界の兵法書に書かれた一文だから。
「むかーしむかしの軍事思想家のお言葉ですよ」
似たような兵法書、この世界にあるのかね?
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