第10話 四年ぶりの母上はとてもお元気だった

 イグナーツくんの件は、保留にしてもらった。

 これにはちゃんと訳があるんだよ。イグナーツくんと剣術の稽古がしたくないとか、そう言うのではなくって、もっと根本的な問題があるんだよ。


 それよりも何よりも、まず四年ぶりに会う母上のことだ。

 手紙は頻繁にやり取りしてたから、元気でいるのは知ってたけど、やっぱりね、ほら四年も離れていると、考え方も変わってるだろうしね。

 って、母上に会う前日まで、そう思っていた自分を指さして笑ってやりたいわ。


 母上が王都のタウンハウスに到着し、国王陛下と離縁の手続きを神殿で行ったりとか、母上と王家との間のもろもろのことが終了した三日後。

 迎えに来たおじい様と一緒に馬車に乗って、ようやく母上に会うためにマルコシアス家のタウンハウスを訪問した。

 お屋敷という規模がマヒしそうだ。侯爵家だしねぇ、そりゃぁ、タウンハウスでも城に近い建物にもなるか。


「アルベルト!」


 馬車から降りた僕に声をかけたのは、お屋敷から飛び出てきた母上で……。

「アルベルト! わたくしの可愛いアルベルト! 会いたかったわ!」

 勢いよく駆け寄ってきた母上に、むぎゅーっと抱き着かれてしまった。

「お顔を見せて? あぁ、しばらく見ないうちに大きくなって」

 母上は緑の瞳を潤ませながら、僕の顔を包み込むように両手で触れて、顔を覗き込む。

「母上、泣き虫なのはお変わりありませんね?」

「だって、やっと貴方と会えたのよ? あの時貴方も一緒に帰れるものだとばかり思っていたのに」

 せやな、宰相閣下が駄々こねなかったら、帰れたかな? いや、やっぱり無理だ。病気でもない王族が、王城から出るなんてことは。

「リーゼ、いつまでも、このような場所で話してないで、中に入りな……」

 母上を追いかけてきただろうご婦人が、途中で言葉を途切れさせ、驚いた表情で僕を見つめていた。


「ウィルガーレン」


 誰? 僕のこと?

 ご婦人が驚いたのは、僕が国王陛下そっくりな顔だからかな? と思ったけど、口に出したのは、国王陛下の名前ではないし、今まで一度も、聞いたことのない名前だった。

「ごめんなさい、お母様。四年ぶりなんですもの、我慢できなかったのよ。アルベルト、貴方は初めて会うことになるわね。貴方のおばあ様よ」

 母上に紹介してもらう前から、なんとなくあたりはつけていたけど、そうか、この人が母上のお母様。僕のおばあ様か。

 先ほど驚きの表情で僕を見つめていたおばあさまは、おっとりとした笑顔を浮かべる。

「はじめましてね、アルベルト。会いたかったわ。おばあ様にもお顔をよく見せてちょうだい」

 おばあ様も傍に寄ってきてハグをしてから、僕の顔を覗き込む。

「マルコシアスの銀眼ね」

 おばあ様は母上のように涙ぐみながら、僕と頬タッチをした。


 馬車から降りてきたおじい様が、おどけた口調で母上とおばあ様に声をかける。

「なんだなんだ、私の美しい妻と愛しの娘は、外での茶を所望か? 良い天気だが、いささか日差しが強すぎるのではないか? お前たちの白皙の肌が痛まないか心配だな」

「まぁ、お上手なこと。おかえりなさいませ、ギル」

 おじい様はおばあ様の手を取って、その指先に口づける。

「ただいま、ヘンリエッタ。さぁさぁ、皆、中に入って一息つかせておくれ」

 おじい様の一声でもって、僕らは屋敷の中へと入った。


 家族用の応接室で、すでに準備されていたお茶を出される。

 ゆっくりとした空気の中、僕はおばあ様に訊ねた。

「おばあ様、差し支えなければお聞きしたいのですが、ウィルガーレンとは、どなたなのでしょうか?」

 僕の質問にとなりに座っていた母上も、誰? みたいな顔をする。

「ウィルガーレン、様? あら、でも、どこかで聞いたことがあるような」

 そうか母上も知らない人か。誰だったかしらと考えこむ母上に、おばあ様もおじい様も苦笑いを浮かべた。

「ウィルガーレンは、私の弟だ。成人する前に亡くなってしまったのだがね。そうか、ヘンリエッタもウィルを連想したか」

「えぇ、お顔は全く似ておりませんのにね。どうしてかしら? 小さなウィルガーレンが現れたのかと思ってしまったわ」

 顔、顔ねぇ……。おばあさまの言葉に、僕は思わず母上を見つめる。僕の視線に気が付いたのか、小首をかしげ微笑む。

「どうしたの?」

「いえ……、もう、良いのかなぁって」

 僕が何を言いたいのか、母上も察したようで、持っていたカップとソーサーをテーブルの上に置いた。

「ごめんなさいね、アルベルト。あの宮にいた頃のわたくしは、貴方にとってはいい母親ではなかったものね」

「いい母親でしたよ。母上の愛はちゃんと伝わっていました」

「そう?」

「むしろ、今、母上は僕を見て」

 母上はテーブルの上に置いてある茶菓子のクッキーをつまむと、そのまま僕の口にくわえさせる。うん? ほんのりジンジャーの味がする。美味しい。

「わたくしのお話を聞いてくれるかしら? アルベルトからすれば、とてもつまらなくてくだらないと思うかもしれないけれど、出来れば貴方に聞いてもらいたいのよ」

 口の中に入れられたクッキーをサクサクと噛み飲み込んで頷くと、僕の口周りについたクッキーのカスを母上がハンカチで拭ってくれる。


「昨日、神殿で離縁の手続きのために陛下とお会いしたの。お会いできて嬉しい気持ちはあったのだけど、でもそれは、離れていた友人に会えたような感覚なのかしら? 今までのような意味で、心が躍らなかったのよね。かと言って嫌いだとか憎いだとか、そんなふうにも思えなくてね。わたくしのことお人好しだと思う? でも、人を憎んだり嫌ったり、やっぱりわたくしには向いてないのね。王妃殿下にも、随分と見当違いな八つ当たりで嫉妬してしまったわ」

 あ~、やっぱり母上の国王陛下に向けていた想いって、恋だったんだねぇ。

 そっかぁ、そう言えば前世で、男は名前を付けて保存、女は上書き保存って、そんな話よく聞いたわ。

 国王陛下は名前を付けて保存してるから、終わってるのにぐだぐだ離縁を引き延ばして、母上は上書き保存で吹っ切れてしまっていると。

 やっぱ国王陛下には指さしてプギャーってしてやりてぇな。それか、ねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ち? ってトントンするのでもいいけど。





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