第3話 母上の離縁、まだできてなかったんだって

「リーゼの離縁がようやく決まっただろう? 再婚相手との再婚のお披露目をしようと思うのだ」

「え? 母上と国王陛下って、まだ離縁してなかったんですか?」


 だって母上がフルフトバール領に宿下がりしてもう四年だよ? その間、一度も王城に登城してないんだよ? とっくに離縁してるんだと思ったんだけど、まだしてなかったの?

 僕が言いたいことを察したのか、おじい様は苦々しい表情で言った。

「お前がまだ第一王子なのだから、その母親は妃であるべきだとほざきやがった」

「お口が悪いですよ、おじい様」

「すまんな」

 誰の発言かおじい様は言わなかったけど、それ言ったの、あの人だよね? 僕と母上を冷遇して放置してた人。


 そっかぁ~。まだ離縁してなかったのかぁ。なんでだろ?

 僕、単純に国王陛下の好みって、母上ではなく王妃様だと思ってたから、離縁に関しても、さっさと終わらせたと思ってた。


 王妃様って、はっきりした感じのきつめの美女。美しすぎて誰も触れることが出来ない希少価値がある高嶺の花のイメージだ。

 うちの母上は、ふわふわした守りたくなる系の美女。一人で生きていけない感じの弱弱しい儚げな感じ。

 どっちも美女だけど、系統が違う美しさってやつ。

 それで、国王陛下の好みは、見るからに誰かが傍にいて守ってあげなければと思わせる母上ではなく、周りからお前は強いから一人でも生きていけるだろって言われちゃって、本当はそんなことないのに、強く気高い姿勢を崩さず頑張っているからこそ、自分がそばにいて守ってあげたいと思わせる王妃様なんだよね。


 王妃様みたいなのが好みの人って、母上のようなタイプのことは、鬱陶しいって思うんじゃない? 黙って付き従っているところが、自主性がないように見えちゃうだろうし、誰かに守ってもらえなきゃ、生きていけないなんて甘えだって感じちゃう。

 国王陛下もそう思ってたから、母上のこと無視して放置したんじゃないかなぁ? わからないけど。

 それならさっさと離縁すればいいのに、今まで渋ってたって、どういうこと? 訳が分からんと言いたげな僕に、おじい様は苦笑いをみせる。

「いざ手元から離れるとなると惜しくなったのだろう」

「あんなに冷遇していたのに?」

「自分が捨てる分には文句はないが、自分が捨てられるのが嫌なのだよ」

 なにそれ。捨てられるようなことしておいて、そんなこと思ってるのか。

「リーゼは、親の私が言うのもなんだが、二つ名が付くほどの美しい娘だ。そんな美しい娘の心が、一心に自分に向けられている。男としては悪い気はせんのだろうな」

「自分に好きな人がいても、ですか?」

「表面上は好いた相手一筋だと言っていても、長いこと自分を慕ってくれた相手だからな。自惚れるのではないか?」


 どんな扱いをしようと、自分が誰を好きになろうと、母上の想いは永遠に自分に向けられている、とか?

 よく愛は永遠って言うけど、母上の国王陛下に向けてる想いって、愛っていうよりも、恋なんだよなぁ。

 それでもって恋って言うのは、永遠じゃないよね。ちゃんと手入れしてあげなきゃ、枯れるもんなんだよ。

 国王陛下そういうところわかってないよね?


 いらないって思ってるんだから、身を引きますって言ってくれてる相手に喜べばいいのに、それも嫌だとかさぁ……。

「めんどくさっ」

 思わず口に出してしまったけど、おじい様も忌々しさが募っているようだ。

「まったくだ。実にくだらん」

「でも、決まったんですよね? 離縁」

「あぁ、フルフトバール領に隣接している『不帰の樹海』におる大爪熊が、異常繁殖をしておってな。アレの殲滅討伐したわが軍の騎士に、褒美をあたえることになったのだ。さすがに一人で大爪熊を二十体討伐されたら、国からも褒美を出さねばならんだろう?」

 一騎当千かよ。マルコシアス家の保有軍にそんな強い騎士がいるのか。

「そうですね。……おじい様はそれでいいのですか? ようやく取り戻した愛娘がまたお嫁に行っちゃうんですよ?」

 僕がそう言うと、おじい様は表情をやわらげて僕を見つめる。

「私の跡取りはもうすでにここにおる。リーゼの婚姻に政治的な意味を含める必要はもうないのだから、好いた相手と添い遂げさせたいのだよ」

「下賜、させるんですよね?」

「名目としては、それが一番波風を立たずにすむ」

 そういうことですか。母上のことが好きな人が頑張ったのか。

「母上のお気持ちは?」

「ずっと自身を見守ってくれていた相手だ。ここにいた時は、相手も分を弁え態度で示すこともなかったが、お互い憎からず思って居ったのではないか?」

 おじい様の言葉にピンときた。


 あ~、居たな。居ましたね! そういう人が、居ましたよ!

 騎士っていうよりも、傭兵みたいなマッチョで強面の護衛騎士が! ぼんやり状態の僕を肩車して、母上と一緒にお散歩していた人ね!

 四年前、母上と一緒に、あの執事の爺さんと領地に戻っていった人。

 へぇ~、そうだったんだぁ~! 全然気が付かなかったわ~。


「それでな、近々離縁手続きと再婚手続きのためにリーゼとその相手が、王都にやってくる。しばらくタウンハウスで過ごすことになるだろうし、ついでに茶会を開いて二人の再婚の周知をさせようかと思うのだ」

 夜会ではなく茶会か。母上は再婚になるし、再婚したらまたフルフトバール領に戻るから、そんなものなのかな?

「いいですね」

 そこまでやれば、もう土壇場でごちゃごちゃ言ってくることもできないだろうし、何より母上が幸せになるのはね、僕としても嬉しい。

「アルベルトも茶会に出席しておくれ」

「ん?」

「四年もリーゼと会わなかったのだ、リーゼに元気な姿を見せてやってくれないか?」

 手紙のやり取りは頻繁にしていたけど、僕が遠方に出掛けるのって、いろいろ大変なんだよね。ほら、まだ継承権持ってるから。

 立太子してなくても、王位継承権第一位とそれ以外って言うのは、やっぱり何か扱いが違う。何をするにも手続きや、してはいけないという制約が、他の継承権を持っている人よりもてんこ盛りなのだ。

 まぁ、出掛け先が王都内、それも侯爵家所有のタウンハウスなら大丈夫かな。

「あ、はい。それは構わないのですが……」

 母上に会うのは四年ぶりだし全然かまわないんだけど、お茶会に出席するのはなんで?

「茶会はリーゼの再婚の周知だが、お前と同年代の子供も多く呼ぶことにしておる」

 あぁ、話がそこに繋がるのか。





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