第9話 要求は九割もぎ取ったけど、王城には残留
「結局、僕は王城に残留か」
成人するまで王族なのだから、それまでは王城にとどまっていただくと、強く推したのは、どうしても諦めきれない様子を見せていた宰相閣下だった。
もとより、全部が全部、こっちの要望通りに事が進むとは思っていなかったわけだし、僕の王城残留は想定内であるけれど、今までの放置具合も相まって、僕の王城での居住における取り決めもしっかりされた。
居住は今まで母上が使っていた後宮……まぁ実質は側妃宮だったわけなのだが、そこを使うこと。
王宮から侍従と侍女を入れる入れないは勝手にしていただいてもかまわないが、僕の身の回りの世話や宮の管理などなどの使用人は、すべてマルコシアス家が手配し、僕が成人して退去した際は、それらの使用人も撤収する。
これはもう、ほぼ今まで通りかな?
ただし母上がマルコシアス家の本拠地であるフルフトバール城に移動したので、母上の私物はすべて撤収済み。今までは母上好みにあつらえていた内装だけど、今後は僕用に新しく宮内の備品やら家具やらを新調するというわけだ。
それも全部おじい様が手配している。
残る問題は、今まで受けていなかった王子教育。
これが宰相閣下とおじい様の間でだいぶ揉めた。
宰相閣下の言い分。
成人までは王族なのだから王子教育を受けていただきたい。
おじい様の言い分。
成人後はマルコシアス家の当主として、フルフトバール侯爵位を継いでもらうから、今後必要のなくなる王子教育よりも、高位貴族教育と当主教育をさせるべき。
僕としては、おじい様の意見を支持したい。
僕が王族じゃなくなるのは決定事項なんだから、王子教育なんか要らんだろう? それよりも、貴族教育はもちろんだけど、マルコシアス家の当主教育と、領地経営の教育のほうが、今後の僕には必須になる。
宰相閣下は、あのとき、わかりましたとは言ったが、どうしても、僕に王族のままでいてもらいたいらしく、神殿誓約込みの誓約書を製作してもなお、まだ僕を王族として留めておくことを考えているらしい。
もう最初の段階で躓いちゃってるんだから、諦めてほしいわ。
王子教育だってさ、本来もっと早くにやることだったしね。
僕の王子教育がされなかったのって、全部、国王陛下の意向だ。
本来なら王太子となる僕は、生まれてすぐに、王子として、そして王太子としての教育を施されるべきだった。
だけどその手配を国王陛下と愉快なお仲間たちは行わず、そしてそれをよしとしていたわけだ。
第一子が王太子であるにもかかわらず、国王陛下は僕ではなく第二王子に自分の後の王にさせたいと望んでいるから、僕の教育の手配さえもしなかった。
あー、でもそれなら教育云々は、母上が手配するべきことだったのかも。一応王妃教育受けていたわけだから、そういった子供の教育を母上が知らなかったわけではない。
でもさ、母上は、なんていうか、『お姫様』なんだよなぁ。
国王陛下が王子殿下だったころの、婚約者候補と側近候補を見定めるお茶会で、一目惚れして、できれば婚約者に、妃になりたいと望んだ。
母上は国王陛下に恋い焦がれていたから、傍にいられるなら側妃でもよかったのだろう。
子供を産めば振り向いてくれるかもしれない、側妃としての仕事……王妃の業務の手伝いで、王妃の手が回らない、外交のパーティーやら、慈善活動やらの身代わり出席すれば、国王陛下と一緒にいれると、そう思ってた。
けど、そんなことは一切なく、母上は国王陛下から見向きもされないうえに、王妃様との仲のよさを見せつけられて、自分が愛されていないことに、王妃様に対して嫉妬と憎悪をたぎらせ、ヒステリーを起こす毎日。
母上は、ただただ国王陛下に愛されたかった。
もうそれだけしか考えてなくって、僕の、国王陛下との間にできたわが子の王族としての教育を疎かにしてしまった。
こうやって考えれば、母上は、国王陛下の寵愛だけを望む、愚かしい人だ。
愚かではあるけれど、醜悪ではない。
王妃様に対して嫉妬と憎悪を向けて、毎日ヒスって暴れまわっていても、母上は僕には優しい母親だ。
愛する人との愛の結晶だと、全方位で肯定し、味方であってくれる。甘やかしもすごかったけど、そこは執事のあの爺さんと、母上の傍にいた侍女がやんわりと躾は必要だと諫めていたから、僕はほどほどに母上に叱られもしていた。
まぁ、王族としての教育を僕に施すことはなかったんだけどね。
今にして思えば、これ一歩間違えれば、ちょっとやばかった。
何がやばいって、母上が、母であることよりも女であることを選んでいたなら、僕は国王陛下を振り向かせるための駒の一つにされてもおかしくなかった、ってこと。
国王陛下に愛されたい、一番の寵が欲しい、そう思っていた母上が、国王陛下に振り向いてもらうために、王妃様の産んだ子供より優秀であれとか、次の国王は僕なのだから完璧であれとか、そういったことを僕に強要することもあり得たのだ。
母上は僕に王子教育の手配を施さなかったけど、国王陛下の関心をひくための道具にもしなかった。
愚かしい人だ。それでも母でいたからこそ、僕をそんなふうに扱わなかったのだから、僕にとってはいい母親である。
さて、ここで一つ疑問が出てくると思う。
今の僕になる前、僕は始終ぼんやりとして、周囲からは頭の足りない王子様と思われていた。
そして王子教育を受けていなかった。
その僕が、たとえ前世の記憶がインストールされ、思考と肉体が繋がったといえども、なぜこうも、自分の状況が把握できていたり、母上の実家のことを知っていたり、極めつけに王室典範のことを知っていたか。
これにはちゃんとした理由があるのだ。
まず、前世の記憶がインストールされる前から、僕はこういったことをちゃんと考えることができていた。
ただ肉体と繋がっていなかったので、僕は『うん』とか『いやだ』とかそういった意思表示以外の言葉を発することがなかっただけなのである。
だから周囲から頭の足りない王子様と思われていた。
次に母上の実家であるマルコシアス家のことや王室典範を知っていた件についてなのだが、その原因と言っていいのだろうか? それらのことを僕に教えたのは、今僕の目の前にいる執事と侍女だった。
「アルベルト様、お茶のご用意が出来ました」
王宮の侍女服ではなく、マルコシアス家の侍女服を着た侍女がいれた紅茶を、これまたマルコシアス家の執事服を着た青年が給仕する。
二人は性別とヘアースタイルと声音を抜かせば、容貌もブルネットの髪の色も濃紺の瞳の色さえも、まったく同じだ。
名前は、男のほうがシルト、女のほうがランツェ。
歳は僕よりも十は上だと思う。よく知らない。
この二人は、あの執事の爺さんの孫らしく、最初は僕の遊び相手兼子守りとしてやってきたのだ。
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